においを確かめるときには、鼻を近づけます。
鼻だけが嗅ぐための器官だからです。
昆虫で鼻にあたるのは触角で、蛾は太い触角を前に向けて花を探します。
花に来たスズメガも触角を向けていますが、止まらずに翅を打ち続けてもいます。
押し出された空気は、その翅の面を通り抜けていきます。
蛇は舌で空気中の分子をすくい取りますが、受け取るのは口の中の器官で、嗅ぐ場所が頭にある点は同じです。
ところが、ハエの翅の縁に並ぶ毛は、触れた相手の体表の分子や、甘味や苦味に応答します。
飛ぶための面が、口と同じ仕事もしていたわけです。
さらに蚊では、触れなくても、空気中を漂う化学物質に翅が応答したと報告されました。
においを嗅ぐ毛は、表面の小さな孔から分子を取り込みます。
チョウやガの翅の毛は、空気の流れや振動、触れた味の側からしか調べられておらず、その孔の有無は分かっていません。
ガも翅で嗅いでいるのかどうかは、まだ確かめられていません。
研究チームは、タバコスズメガを選びました。
まず翅の縁を電子顕微鏡で拡大します。
次に、切り離した後翅を2本の電極ではさみ、においの分子を含む空気を吹きつけ、翅に生じるわずかな電圧の変化を記録します。
当てたのは13種の物質と、吸蜜先や食草の香り3種です。
さらに、分子を受け取るタンパク質の遺伝子が翅で働くかを調べ、縁を切り落とした翅でも測定を繰り返しました。
縁には、長さ平均80マイクロメートルの毛が並んでいました。
先端のすぐ下に孔が1つ、表面にも小さな孔が多数開いています。
数は1枚あたり21から32本です。
電圧の変化が出たのは、炭素と窒素が輪になったピロリジンとピペリジンの2つだけでした。
輪に二重結合が入ったピロールやピリジン、花や果実の香りの成分、酸、植物の香りでは検出されていません。
縁を切り落としても、応答の差は検出されませんでした。
遺伝子のほうは、こうした分子を受け取るときの相方は働いていた一方、別系統の受容体に要る相方は検出されませんでした。
効いた2つと効かなかった2つの違いは、輪に二重結合があるかどうかだけです。
形がこれだけ近いのに片方しか効かないなら、翅は風や刺激一般ではなく、分子の形に反応したことになります。
孔の形からも、受容体の顔ぶれからも、効いた分子の並びからも、同じ輪郭が出てきます。
翅の面には、触角とは別に、空気中の分子を受け取る口が開いていて、この蛾ではそれが2つの分子に絞られています。
その2つは、幼虫の食草であるナス科の植物のアルカロイドの材料にあたります。
翅が拾っていたのは、卵を置く場所の目印になりうる分子でした。
縁を切っても応答が残った以上、同じ毛は縁の外にもありそうですが、鱗粉に覆われた面では見つかっていません。
ただ、翅だけの能力とまでは言えません。
同じスズメガでは前脚の器官や産卵管でもピロリジンへの応答が報告されており、体のあちこちに共通する仕組みが翅にも出ているだけかもしれません。
候補の受容体は計算機で分子のはまり方を試した予測で、別の細胞で働かせる確認が残ります。
傷のない葉の香りからこの2つは検出されておらず、翅もその香りには応答しませんでした。
産卵の場所選びが変わるかどうかも、まだ測られていません。
花の前で止まったまま打ち続ける翅は、空気を送る面であり、送った空気から2つの分子を拾う面でもあります。
自分の手で顔をあおぐとき、いちばん多くの空気が擦れていくのも、動いている手のひらの面です。
参考文献:
Ismaieel AR, Stieber R, Hansson BS, Bisch-Knaden S. Noses on the wing: the olfactory capacity of hawkmoth wings. J Exp Biol. 2026 Jul 15;229(14):jeb252047. doi: 10.1242/jeb.252047. Epub 2026 Jul 27. PMID: 42507496; PMCID: PMC13380975.

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