牧草地で草をはむ牛の姿は、のどかな風景として思い浮かびます。
その牛のげっぷが地球の気温に関わっているという話も、どこかで耳にしたことがあるかもしれません。
牛の胃は4つの区画に分かれ、いちばん大きな第一胃(ルーメン)では、1日に45kgほどの餌を処理することもあります。
ただし、それを分解しているのは牛の細胞ではありません。
槽を満たしているのは、細菌と真菌、そしてそれらを食べる大型の単細胞生物です。
牛や山羊、羊などの反芻家畜のげっぷは、人間活動に由来するメタン排出のおよそ3分の1を占めます。
第一胃でメタンをつくるのは、発酵で生じた水素と二酸化炭素を使うメタン生成古細菌です。
しかし、水素を送り出す側までたどると、研究は数の多い細菌に偏り、100年以上前から知られていた繊毛虫は手薄なままでした。
2026年に『Science』へ発表された研究では、ルーメン繊毛虫450件のゲノムカタログが作られ、その87%は今回新たに得られたものでした。
研究者は水素をつくる酵素ヒドロゲナーゼの遺伝子を探し、既知のものとは異なる型を見つけました。
さらに、酵素が細胞のどこに集まるかを実験で追い、電子顕微鏡で構造を確かめました。
酵素があったのは、細胞の奥ではなく外縁でした。
細かな毛、すなわち繊毛の根元に沿って、1枚の膜に包まれた小さな粒が並び、その中に酵素が入っています。
研究者はこれを「ハイドロゲノボディ」と名づけました。
粒の中には、水素をつくるヒドロゲナーゼとは別に、酸素を減らす酵素もありました。
古細菌は水素を使い、酸素があると働きにくい生物です。
ハイドロゲノボディは材料を生むだけでなく、相手が働きやすい環境もつくっていました。
古細菌が繊毛虫の表面、粒の近くに集まることも観察されています。
ただし、そこで生じた水素を近くの古細菌が先に受け取ったかまでは測られていません。
この粒の数は、繊毛虫の群によって違いました。
体表を広く繊毛が覆うベスティブリフェリダ群には、繊毛が一部に集まるエントディニオモルフィダ群より多くの粒があり、水素をつくる力と酸素を取り除く力も高く、古細菌によるメタン産生をより強く促しました。
研究チームはさらに、乳牛100頭の頭部を箱で覆ってげっぷのメタンを測り、第一胃の微生物量と照合しました。
多くの繊毛虫属で、その量が多い牛ほど古細菌も多く、飼料摂取量当たりのメタン排出も高い関係が見られました。
ただし、牛を2群に分けた比較ではなく、牛ごとの微生物量とメタン排出量の連続的な関係を調べた結果です。
牛ごとのハイドロゲノボディを直接数えたわけではなく、関連の強さも繊毛虫の種類によって異なりました。
牛が何を食べていたかも論文に明記されておらず、飼料が微生物の内訳とメタンの両方を動かした可能性は残ります。
ハイドロゲノボディを減らす介入も行われておらず、消化を損なわずメタンだけが減るかは分かりません。
牧草地の牛を見かけたら、口元ではなく脇腹のあたりへ目を移します。
皮と肉の内側にあるのは、単細胞の毛の根元に並ぶ粒と、その近くに集まる古細菌との、ごく小さな隣り合わせです。
口から気体が上がるのは、その隣り合わせを、いちばん外側から見た姿です。
参考文献:
A New Way That a Cow’s Inner World Shapes Earth’s Atmosphere. Quanta Magazine. Published July 27, 2026. Accessed August 3, 2026. https://www.quantamagazine.org/a-new-way-that-a-cows-inner-world-shapes-earths-atmosphere-20260727/

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
