夏になると走る気が起きません。
7月の午後は、外に出る前から気力のほうが先に落ちています。
そういう時期に雑誌をめくっていて、夏のランには高地トレーニングに近い効果が期待できる、という趣旨の見出しに目が止まりました。
暑さは無駄ではないらしい。
その一文だけで、次の朝には靴ひもを結べそうです。
ただ、暑さが体のどこに、どんな変化を残すのかまでは分かりません。
根拠となった原論文を開くと、参加者は中長距離走のトレーニングを積んだ平均17.6歳の男性18人でした。
無作為に分けられた9人は暑さ指数30〜36℃の環境で、推定深部体温39〜40℃を目標に1回60分、週5日、4週間、計20回走り、残る9人は涼しい環境で、本人が感じるきつさが同程度になるよう走りました。
速度や距離まで同じだったとは確認されていません。
普段の夏ランとは、かなり違う訓練です。
市民ランナーが真似をしてはいけない危険なレベルのトレーニングとも言えます。
4週間後に血液を調べると、暑熱群では対照群より、計算で求めた血漿量が約4%、赤血球をつくる刺激となるエリスロポエチンが約13%、ヘモグロビン濃度が約2%高い値でした。
この組み合わせは、酸素の少ない高地で知られる反応と重なります。
赤血球量や酸素運搬能力そのものまで測ったわけではありませんが、「高地トレーニングに近い」という連想を支える測定値はありました。
全員が暑さ指数30〜32℃の環境で速度を上げながら走ると、終了時の推定深部体温は暑熱群38.2℃、対照群38.6℃でした。
発汗速度は1時間あたり2.3リットル対1.9リットルです。
暑熱群は、より多く汗をかきながら、終了時の体温は0.4℃低い値でした。
別の日には、最大酸素摂取量の65%、75%、85%に相当する速さで各5分走り、吐いた息から炭水化物の酸化量を求めました。
65%では差がなく、75%と85%では暑熱群がどちらも1分あたり0.6グラム低い値でした。
ただし、この2つの強度では総エネルギー消費も暑熱群で1分あたり0.8〜0.9キロカロリー低く、脂肪酸化も筋グリコーゲンの使用量も測っていません。
「糖を節約して脂肪を多く燃やした」とまでは言えません。
速度を段階的に上げる試験では、呼吸の増え方が切り替わる最初の換気閾値に達する速度が、暑熱群で時速12.5キロから12.9キロへ上がり、対照群では12.5キロから12.4キロへ下がりました。
一方、最大酸素摂取量と最大走速度では2群の変化に明確な違いは確認されず、レース成績も調べていません。
この結果を当てはめられる範囲は限られます。
対象は若い男性の訓練者18人だけで、差の幅を示す信頼区間も報告されていません。
換気閾値の統計表示には要約と表で対応が一致しない箇所があり、深部体温も皮膚温や熱の流れからセンサーが推定した値です。
試験前の食事や水分、代謝試験の走速度を介入前後でどう決めたかにも不明な点があります。
安全性を評価した記載や有害事象の報告もなく、推定深部体温を39〜40℃に保つ方法を一般のランナーがまねる根拠にはなりません。(いや、決して真似をしてはいけません)
日本の夏は、論文1本で涼しくなるほど聞き分けがよくありません。
暑さがそのままレースの速さに変わる保証もありません。
それでも、「暑さは無駄ではないらしい」という最初の期待には、限られてはいても測定値の裏づけが残りました。
次の蒸し暑い朝に靴ひもを結ぶ理由としては、案外これくらいがちょうどよいかも知れません。
参考文献:
Xu Y, Ye C, Ma S and Gao B (2025) Four-week heat acclimation lowers carbohydrate oxidation of trained runners during submaximal exercise in the heat. Front. Physiol. 16:1581594. doi: 10.3389/fphys.2025.1581594

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
