コーヒーカップには、2つの時計がある

コーヒーカップには、2つの時計がある

 

「血圧を測る前は、コーヒーを飲まないでください」

私は日ごろ、患者さんにそう伝えています。

カフェインを摂った直後には、血圧が上がることがあるからです。

そうなると、その1杯を毎日重ねることで、何年か先に病気になる危険まで高まるのではないか。

そう心配するのは、私だけではないでしょう。

 

2026年、アメリカ心臓協会は、カフェインと心血管疾患に関する科学声明を発表しました。

これは新しい1本の実験ではありません。

これまでに行われた多くの研究をもとに、専門家委員会が何をどこまで言えるかを整理したものです。

 

短時間の試験では、250ミリグラムのカフェインを摂った高血圧の男性は、血圧が至適範囲の男性に比べ、収縮期、拡張期ともに血圧の上がり幅が1.5倍を超えました。

血圧そのものが1.5倍になったのではありません。

摂取後の上がり方が大きかったという結果です。

 

8つの臨床試験、計247人をまとめたレビューでは、カフェイン入りコーヒーを飲んだ後の1~3時間、血糖が全体として高く推移する可能性が示されました。

一方、2~16週間続けた試験では、血糖の上がり方が小さくなり、インスリンの反応が大きくなる結果が報告されています。

ただし、インスリンが効きやすくなったとまでは確認されていません。

別の試験では、100人について、その日にカフェイン入りコーヒーを飲むか避けるかを無作為に割り当てましたが、1日平均の血糖値に違いは確認されませんでした。

 

数年単位で人を追った研究では、習慣的にコーヒーを飲む人ほど2型糖尿病が少ないという関連が報告されています。

28の前向きコホート研究をまとめたレビューでは、平均3.5杯/日の人で20%、5杯/日の人で30%、2型糖尿病の発症リスクが低いとまとめられました。

ただし、声明だけでは、この20%と30%がどの摂取量との比較なのか分かりません。

実際に何人が発症したのか、推定にどの程度の幅があるのかも示されておらず、100人あたり何人の違いに当たるのかは読めません。

 

これを「飲み続けるうちに、短期の悪影響が利益へ変わった」と読むことはできません。

どれもコーヒーに関係する研究ですが、同じ1杯を同じ人に、同じ時間幅で調べた結果ではないからです。

短時間の研究は、カフェインやコーヒーを摂って数時間後の血圧や血糖を測る介入試験です。

長期研究は、コーヒーを飲む習慣の違いと数年後の糖尿病発症を比べた観察研究です。

短時間の研究ではカフェイン単独やカフェイン入りコーヒーを用いましたが、長期研究の中心は、さまざまな成分を含むコーヒーでした。

時間だけでなく、飲んだもの、研究方法、測定した結果が異なります。

 

長期研究では、摂取量が違う人たちの間に、喫煙をはじめとする生活習慣の違いが残っている可能性があります。

デカフェでも同じ方向の関連が報告されており、長期の数字をカフェインだけの作用とは言えません。

コーヒーを飲む人で糖尿病が少なかったからといって、コーヒーが予防したとも、飲まない人が健康のために始めるべきだとも断定できません。

 

飲んだ直後の反応と、何年も先の発症率は、同じ1杯から得られた同じ答えではありません。

同じカップのそばで、一方の時計は数時間を、もう一方は何年もの暮らしを測っています。

 

参考文献:

Marcus GM, Hu FB, van Dam RM, et al. Caffeine and Cardiovascular Disease: A Scientific Statement From the American Heart Association. Circulation. Published online July 20, 2026. doi:10.1161/CIR.0000000000001454

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。