台所から「そこにあるよ」と声が聞こえたとします。
姿は見えなくても、声の主がどのあたりにいるのかは、だいたいわかります。
では、物のありかまで声だけで示せるのでしょうか。
普通なら、指さしや視線が必要に思えます。
けれど、声には居場所を知らせるだけでなく、もう1つの向きがあります。
話している人が、どちらへ顔を向けているかです。
その「声の向き」を手がかりに、隠された餌を見つけられるか。
同じ発想の実験は、乳児やイヌ、チンパンジー、ブタでも行われてきましたが、結果は一様ではありません。
今回の研究で調べたのは、古くから人と暮らしてきた家畜のヤギでした。
ただし、野生のヤギと比べた実験ではないため、家畜化の影響そのものを測ったわけではありません。
英国の保護施設で暮らす成体ヤギ29頭が実験に参加しました。
囲いの中央に高さ150センチ、幅200センチの衝立を置き、その両端に同じ赤い容器を据え、片方だけに生のパスタ1片を隠します。
実験者は衝立の裏、空の容器から30センチ未満の位置に座り、顔と体を餌の入った側へ向けて、ドイツ語の短い文を弾んだ調子で2回話しました。
声の主に近い側を選べば外れ、声が向けられた側を選べば餌にたどり着く配置です。
29頭は、実験者が餌の方へ向けて話す条件、黙る条件、2つの容器のどちらにも向かず同じ文を話す条件を、それぞれ4回経験しました。
ヤギは人との接触や行動実験には慣れていましたが、声の向きと餌の場所を結びつける訓練は受けていません。
餌へ向けて話した条件では、116回中69回、餌入りの容器を選びました。
成功率は59.5%です。
無言では116回中57回、餌とは無関係な方向へ同じ文を話した条件では54回でした。
研究者はこの違いを、声が聞こえるだけではなく、その向きがヤギの選択に関わった結果と解釈しました。
ただし、約60%は、ほぼ迷わず正解した成績ではありません。
同じヤギを繰り返し調べた点を考慮しても、成功率は59.6%と見積もられましたが、その推定には51.0〜68.1%の幅がありました。
下端はほぼ五分五分です。
この実験が捉えたのは、29頭の選択に現れた控えめな傾きでした。
対象は1施設で人に慣れたヤギに限られ、最初の36頭のうち7頭は、実験への意欲などを理由に解析から外れました。
さらに、3条件は全頭で同じ順に行われ、餌へ向けて話す条件が必ず最初でした。
後の2条件で集中力や意欲が落ちた影響を分けられません。
実験者は餌の場所を知っており、生声の大きさや長さを測ってそろえたとの報告もありません。
声の向きだけが差を生んだとも、この結果がヤギ全体に当てはまるとも言えません。
ヤギの選択と診察室で生じる半拍を、同じ仕組みで説明することはできません。
それでも、カルテの画面を見たまま話すと、患者さんの返事が半拍遅れることがあります。
顔を上げ、向き直ってから同じことを言うと、その半拍がなくなります。
言葉は同じでも、変わったのは声の向きです。
参考文献:
Stuart K. Watson, Christian Nawroth, Alan G. McElligott, Federico Rossano, Simon W. Townsend; Domestic goats can follow the direction of human voices to solve a hidden-object task. R. Soc. Open Sci. 1 June 2026; 13 (6): 260097. https://doi.org/10.1098/rsos.260097

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
