今年、沖縄本島のダム貯水率は、4月末から5月初めにかけて50%を下回りました。
その後の雨で、7月半ばには平年並みまで回復しています。
雨を待つことは、沖縄では昔話だけではありません。
2024年3月31日、うるま市の倉敷ダムで、宮古島に伝わるクイチャーが雨乞いとして奉納されました。
その日は踊りの前から小雨が降っていましたが、踊りが佳境に入ると激しい雷雨になりました。
雨乞いの最中に雨が強くなった。
では、本当に踊りが雨を降らせたのでしょうか。
2026年に発表された研究は、土地ごとに異なる雨の降り方から、この古い疑問を調べました。
研究チームが調べたのは、最後に雨が降ってからの日数と、翌日に雨が降る見込みの関係です。
その見込みは、乾燥が長引くほど下がる土地もあれば、いったん下がったあとに上がる土地もあります。
雨のない日が続いてから祈りを始め、雨が降るまで続けるとします。
後者の土地では、祈りに雨を降らせる力がなくても、祈っている間に、もともとの雨の見込みが上がりえます。
実際に調べたのは、スペイン南東部ムルシアの記録です。
教会の祈りと、市議会が独立に記した雨を1600年から1836年まで1日ずつ照合しました。
ムルシアと周辺3地点に残る63~97年分の日ごとの雨量では、5ミリを超す雨が翌日に降る見込みは、最後の雨から約2か月後まで下がり、その後は上昇しました。
長い乾燥の末には、底の時期のおよそ2倍でした。
237年分では、市議会の記録に残る雨は全期間で1000日に約2日でした。
雨の多い月と少ない月を分けて比べても、過去1か月に祈りがあった日は、その確率が1000日あたり約1.4日分高いと見積もられました。
全期間の平均の71%に当たります。
この数字には見積もりの幅があります。
ただし、確認されたのは、祈りの時期からその後の雨を予測できたことまでです。
医療にも「3た論法」という戒めがあります。
使った、治った、だから効いた。
雨乞いも、「祈った、降った、だから効いた」とは言えません。
研究チームはさらに、民族誌から1208集団の雨乞いを調べ、1195集団を比較に使いました。
各集団に近い観測所の雨量記録から、「100回の乾燥期間のうち99回は、そこまで続かない」という長い時点を選び、その翌日に雨の見込みが上がるかを分けました。
上がらない地域では雨乞いを行う集団は30%、上がる地域では約44%でした。
100集団あたり14集団多く、元の割合より47%高い差です。
気温や雨量、地形などを考えても、この差はほぼ変わりませんでした。
季節を分けると、この差が見られたのは、雨に頼る作物を多く育てる6か月に乾燥が始まった場合でした。
長い乾燥のあとに雨の見込みが上がる地域では、雨乞いを行う集団が100集団あたり13集団多く、残りの6か月には明確な差がありませんでした。
ただし、世界の比較は、1850~1950年の暮らしを記した民族誌と、近代以降の雨量や現代の農地資料を結びつけています。
昔と今の雨や農業がある程度続いているという仮定が要ります。
雨乞いが資料で確認できなければ、「あり」には数えられません。
個人が何を信じたかは測っておらず、雨の降り方が雨乞いの習慣を生んだとも断定できません。
雨乞いのあとに雨が降った。
その一行だけでは、祈りの力は判定できません。
その一行にない「祈る前にどれだけ雨を待ったか」まで見たとき、その雨の意味が変わります。
参考文献:
José-Antonio Espín-Sánchez, Salvador Gil-Guirado, Nicholas Ryan, Praying for Rain, The Quarterly Journal of Economics, Volume 141, Issue 3, August 2026, Pages 2363–2422, https://doi.org/10.1093/qje/qjag026

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
