エジプトの王女、と聞くと、クレオパトラのような姿が浮かびます。
王宮の奥で香をたきしめ、召使いにかしずかれて暮らす人。
手を汚す仕事や身体を鍛えることとは縁遠く、その手は柔らかく保たれている。
そんなイメージです。
けれど今回の王女たちは、クレオパトラより1500年以上も前に生きていました。
ダハシュールの墓から見つかったのは、装飾が施された短剣や弓矢、棍棒でした。
墓に武器があっても、持ち主が生前に使ったとは限りません。
王族としての地位や葬送儀礼を表す象徴だった可能性もあります。
これだけなら、優雅な王女像と武器は衝突しません。
ところが研究チームは、墓に残された品だけでなく、そこに葬られていた人の骨も調べました。
対象は1894~1895年に発掘され、エジプト博物館の収蔵庫で2020年に再確認された6人――ホル王1人、王女4人、身元不明の女性1人です。
ヌブヘテプ王女の墓には矢がありました。
死亡時40~44歳と推定され、骨格の48.3%が残っていました。
両側の前腕では、2本の骨をつなぐ膜や、手のひらを下に向ける筋肉の付着部が発達していました。
指を動かす筋肉の付着部は右手でより強く、右の第2中手骨には病変を伴わない湾曲がありました。
墓の矢と、前腕から右手にかけて残った変化が、同じ1人のところで重なります。
著者らは、これらを強く握る動作が繰り返された結果と捉え、弓を安定させて引く動作と一致すると解釈しました。
1人だけではありません。
短剣とともに埋葬されたイタ王女にも、右鎖骨や両前腕、手の筋付着部の発達がありました。
副葬品と上肢の所見を個体ごとに重ねられるのは、ヌブヘテプとイタです。
クヌメト王女とイタウェレト王女にも、鎖骨や上肢に左右差を伴う発達が記録されていました。
この2人の所見を特定の武器と個別に結びつけることはできませんが、鎖骨や上肢の発達はヌブヘテプとイタだけに見られたものではありませんでした。
6人の骨格はいずれも一部しか残っていません。
各人の残存率は21.7~57.8%で、6人中5人は半分以上を失い、ホル王以外の頭蓋もありませんでした。
弓を使った人や同時代の非王族との比較群もなく、筋付着部の発達や左右差は、ほかの反復動作でも起こりえます。
骨格所見は上肢への反復負荷と整合しても、原因となった動作には弓や短剣以外の可能性が残ります。
また、武器は地位や儀礼を表す品であると同時に、生前に使われた道具だった可能性もあります。
著者らは、副葬品と骨格所見を合わせ、王女たちが武器を生前にも使った可能性があると考えました。
ヌブヘテプの矢は、なお葬送の品だったかもしれません。
右手の湾曲も、弓を使った証明ではありません。
ただ、2つが同じ王女に属すると知ったあとでは、その矢を「飾りだった」とだけ見ることは難しくなります。
参考文献:
Hashesh Z, Gabr A and Walker R (2026) Bioarchaeological reassessment of Dahshur royal skeletal remains from the Late Middle Kingdom (c. 1850–1700 BCE). Front. Environ. Archaeol. 5:1844402. doi: 10.3389/fearc.2026.1844402

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