カレンダーに赤い丸をつけた一日があります。
発表の日、手術の日、大会の日。
私たちはその一日に向けて身構え、そこがいちばん重い時間になると考えます。
当日を越えれば、あとはゆるやかに下っていくはずでした。
ところが振り返ると、丸をつけた日の前の晩や、片づけに追われた翌日のほうが、体の芯に疲れが残っていることがあります。
重かったのは、本番ではなく、その前後だったのかもしれません。
北極圏に近い冬季訓練で、この重さの位置を測った研究があります。
冬のテント、限られた睡眠、続く行軍。人は本番そのものに向けて心と体を整えます。
けれど研究者たちは、山場の最中だけでなく、その手前と終わった後まで、疲れがどう移っていくかを追いました。
対象は49人、13日間の訓練です。
1年目の27人には、テント生活、スキー行軍、実弾演習、72時間の模擬戦闘を含む、身体的負担の大きい日程が組まれていました。
2年目の22人は指揮と計画を担い、宿舎で眠り、訓練全体の段取りを組みます。
研究者は訓練を、通常期、模擬戦闘前に長く眠れる夜、72時間の模擬戦闘、その後の回復期に分けて分析しました。
手首の加速度計で睡眠と活動量を測り、気分の状態は訓練前、戦闘後、最終日の3回、日々のストレスは自己申告で記録しました。
結果は役割で分かれました。
体を動かす1年目は、72時間の模擬戦闘の直後に疲労感が最も高くなりました。
手首の記録でも、模擬戦闘中は活動量が最も多く、睡眠が最も短くなっていました。
一方、指揮を担う2年目では、出発前に疲労と緊張が高く、活力が低い状態が記録されました。
訓練の終わりにも、疲労の高さが残りました。
模擬戦闘直後の疲労は、出発前や終了時より低い値でした。
主観的なストレスも、開始時と回復期には、模擬戦闘に参加した1年目より高くなっていました。
この訓練で段取りを組んだ2年目では、疲労やストレスの高い時期が、模擬戦闘の前後に現れました。
予定表の中心にある大きな出来事と、体感される重さの中心が、必ずしも同じ場所にないのです。
2年目の候補生は、気分でも、別に測ったストレスでも、同じ時期に高い負担を申告していました。
私自身の診療でも、いちばん張りつめるのは処置の最中とはかぎりません。
始まる前の支度と、終えたあとの記録に、重さが残ることがあります。
もっとも、この偏りには別の見方もできます。
指揮側に固有の事務や調整の負担が、たまたまこの時期に集中していたのかもしれません。
観察研究であり、訓練を受けない対照群はありません。
また、1年目と2年目では、役割だけでなく、軍務経験、寝場所、訓練日程も異なっていました。
各群は少人数で、人数もそろっていません。
疲労や気分、ストレスは自己申告です。
ですから、あらゆる本番の前後が重いと言い切ることはできません。
この訓練の2年目では、主観的な疲労とストレスが訓練の前後で高くなっていました。
そこまでが、確かに言える範囲です。
赤い丸のついた一日を、もう一度ながめてみます。
目は、その丸のほうではなく、両どなりの、何も書かれていない日へ動いていきます。
支度をする前日と、荷を解く翌日。
予定表に印のない時間が、そこにあります。
カレンダーをめくる指が、赤い丸の少し手前で止まります。
参考文献:
van den Berg NH, Michaud X, Vaara JP, Ojanen T, Kyröläinen H, Martin A, Haman F, Heikkinen R, Van Cutsem J, Pattyn N, Helen J and Simonelli G (2026) Physical and mental load of tactical athletes during Arctic military training. Front. Sports Act. Living 8:1861009. doi: 10.3389/fspor.2026.1861009

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
