家の鍵が上着の右ポケットか左ポケットか分からないとき、鍵の平均位置は胸の中央です。
けれども、中央を探っても鍵は出てきません。
どこにあるか知らないことと、中間にあることは別です。
確率の平均は便利ですが、個々の出来事まで平均どおりに起こるわけではありません。
一般相対性理論では、重力は古典的な時空の曲がりとして扱われ、量子論では物質が複数の状態を重ね合わせます。
この食い違いを解く本筋は、重力そのものも量子として扱うことだと考えられてきました。
両者を結ぶ方法の1つは、物質のエネルギー分布の平均値を重力源にすることでした。
ところが、こちらが知らないだけで、重い物体が左か右のどちらかにある場合、その平均から計算した重力の向きは中間になります。
近くの小さな物体は、何もない中央へ落ちてしまいます。
物体の位置と重力場の向きの対応が、平均の中で失われたのです。
2023年、英国の物理学者ジョナサン・オッペンハイムは、重力も量子にしなければならないという前提をいったん外しました。
時空を古典のまま残すなら、量子論の時間発展をどこまで変える必要があるのか。
量子重力を組み立てるのではなく、古典重力が成立できる条件を探したのです。
鍵も重い物体も、どちらにあるかをこちらが知らないだけでした。
量子の粒子では、それより厄介なことが起こります。
重い粒子が2つの隙間を通る左右の経路を、重ね合わせたまま進むとします。
重力場が粒子の経路に寸分違わず従うなら、重力を測るだけで粒子が通った側を読めます。
粒子に触れずに経路を知り、それでも干渉模様が残れば、量子論と衝突します。
しかし、重力場の応答が確率的なら、そこに残る経路の情報は不完全です。
古典的な重力場でも、粒子の経路と一対一に対応しない可能性が残ります。
オッペンハイムは、この可能性を数式として成立させるため、古典的な時空の確率と量子状態を、対応を保った一組として扱いました。
確率が負にならず、その総和が1に保たれる運動法則を求めると、相互作用には確率的な変化が必要になります。
古典的な極限では、一般相対性理論とほぼ同じ結果になります。
少なくともこの枠組みで退ける必要があったのは、古典性ではなく、完全な決定論でした。
ただし、この仕組みには代償があります。
量子物質では重ね合わせが保たれにくくなり、重力場には連続的な散らばり、または不連続な跳びが生じます。
しかも、両方を同時に小さくはできません。
重ね合わせを長く保とうとすれば、重力場の散らばりが大きくなります。
重力に由来する重ね合わせの消え方や、重力場の散らばりが見つからなければ、この理論に許される範囲は狭まります。
一方、余分な加熱、時空の対称性、極小距離での計算などを、1つの形で同時に解決できるかは未定です。
この論文が確かめたのは、確率の整合性を保つ候補を数式で構成できるところまでです。
重力が実際にそう振る舞うかは、まだ分かりません。
家の鍵は、結局、右か左のどちらかから見つかります。
机から落とせば、その軌道もいつも1本に見えます。
けれども、最後に見える軌道が1本だからといって、それが初めから1本に決まっていたとは限りません。
そのありふれた確かさの背後に、古典的でありながら決まりきってはいない時空があるのかもしれません。
参考文献:
Oppenheim J. A postquantum theory of classical gravity? Phys Rev X. 2023;13(4):041040. doi:10.1103/PhysRevX.13.041040

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
