記録よりも、きつさが変わる ― 音楽を連れて走る理由

記録よりも、きつさが変わる ― 音楽を連れて走る理由

 

ジョギングをしていると、以前より、イヤホンをつけたランナーが増えた気がします。

耳をふさがない骨伝導やイヤーカフ型が広まり、外の音を聞きながら使えるようになったことも大きいのでしょう。

ただ、これだけ多くの人が走りながら音楽を聴くのは、使いやすさのためだけではない気がします。

同じ距離を、より速く、より強く。

音楽が走りそのものを底上げしてくれる、という手ごたえがあります。

私たちはつい、音楽を、動く体へ足される燃料のように受け取ります。

 

音楽が運動に効くかどうかは、思うほど読み取りやすくありません。

速さや持久力、きつさの感じ方、心臓や血液の反応、気分。

これらは別々に調べられてきて、全体像がつかみにくいままでした。

研究者は、15件の研究、339人ぶんの結果を持ち寄りました。

参加者は、ふだんから体を動かす大人たちです。

音楽で体に何が起きているのかを見るには、体の反応と、感じ方とを、並べて置いてみる必要があります。

 

体に「音楽で力が出たか」とたずねることはできません。

代わりに、いくつかのものを測ります。

本人が申告するきつさ、心拍数、血液中の乳酸、運動成績。

片方には感じ方があり、もう片方には体の反応があります。

もし音楽が本当に燃料のように働いているなら、体のどこかにその跡がはっきり残りそうです。

 

心拍数だけを見ると、音楽のあるなしで明確な差はありませんでした。

心臓のリズムは、ほぼ同じ調子のままです。

研究をまたいで比較的そろって下がっていたのは、きつさの感じ方でした。

血液中の乳酸にも低い値は見られましたが、研究ごとの差もあり、慎重に読む必要があります。

いちばん足場があるのは、力が増えたという話ではなく、同じ運動をどれほど重く感じるか、というものでした。

 

冒頭の燃料という見方は、ここで少し崩れます。

音楽は、体に新しい馬力を足しているわけではないのかもしれません。

少なくとも、この研究からはそう言い切れません。

けれど、何も起きていないわけでもありません。

同じ運動が、少し違った重さに感じられる。

音楽の働きは、出力を増やすことより、運動の重さをどう受け取るかという場所で見えてきます。

 

荷物を提げて階段を上るところを、思い浮かべてみます。

袋の重さは、はかりに載せれば変わりません。

けれど、好きな曲が流れていると、同じ段がいくらか軽く運べることがあります。

重さはそのままで、体に届く重さだけが、少しゆるむ。

走る体で起きていたのも、これに近いのかもしれません。

坂の傾きはそのまま。

心臓のリズムもそのまま。

なのに、同じ一歩が、いくらか軽く感じられます。

 

持ち寄られたのは15件の研究、339人と、多くはありません。

曲の選び方も、運動の種類も、走る人も研究ごとに違います。

いちばん確かな感じ方でさえ、本人の申告によります。

速さや持久力、体の反応は結果がまちまちで、総まとめも慎重に読む必要があります。

それでも、次に上り坂の途中で曲が流れ、道の先が少し軽く見えたとき、坂が平らになったわけでも、その一歩で強くなったわけでもありません。

同じ道、同じリズム。

ただ、踏み出すその足に返ってくる一歩は、いつもより、ほんの少し軽いのかもしれません。

 

参考文献:

Yang L, Zhao B, Teng X, Chen Z, Qiu D. Effects of listening to music during aerobic exercise on performance, fatigue, and psychological responses in physically active adults: a systematic review and meta-analysis. Front Sports Act Living. 2026. doi:10.3389/fspor.2026.1860752

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。