アメリカヤマシギという鳥がいます。
ずんぐりした体に、体に合わないほど長いくちばしをつけて、地面を踏むように上下しながら歩きます。
鳴き声は鼻にかかった短い声で、勇ましいところはあまり見当たりません。
この鳥の生き方について、私たちはたぶん、ひとつのことを疑いなく受け取っています。
小さくて弱いものは、身を隠すことで生き延びる、と。
実際この鳥は、羽の模様を落ち葉に溶け込ませ、外敵の目から消えることにかけては名人です。
巣を守るときのやり方も、その延長にあります。
卵やひなに危険が近づくと、羽を折れたように広げ、傷ついたふりで外敵を巣から引き離します。
追い払うのではなく、相手の気を巣からそらすのです。
動かずに紛れるか、弱ったふりで気を引くか。
小さな体に残されている手は、消えることと、あざむくこと。
正面からぶつかる、という手は、はじめから持っていないように見えます。
ここまでなら、話はきれいに収まります。
ところが、メイン大学の研究チームは、その収まりから外れる場面をカメラに収めていました。
2024年4月、ウェストバージニア州で、巣についていたメスのヤマシギが、寄ってきたシカに向かって声を上げ、体を張り、突進し、飛びかかったのです。
相手は自分よりはるかに大きな体です。
それでも、あとずさって場を離れたのはシカのほうでした。
隠れることの名人が、隠れずに前へ出ました。
こうなると、気になるのは隠れ方ではなくなります。
なぜ、この鳥は隠れずにいられたのか。
しかも、いつもそうするわけではありません。
シカが巣に近づいた73回のうち、鳥が立ち向かったのは6回だけでした。
残りの多くで、鳥は動かず、じっとしたままです。
同じ種類の鳥に、隠れる場面も、立ち向かう場面もある。
分かれ目は、どこにあったのでしょう。
相手がとりわけ危険だった、とは考えにくいところがあります。
監視された巣で、シカが卵を食べたことは一度もありませんでした。
隠れる作戦のほうが劣っていた、というわけでもありません。
落ち葉に紛れてやり過ごした鳥も、巣を守っています。
研究者が挙げた手がかりのひとつは、時間でした。
この鳥は3週間、卵を温め続けます。
小さな鳥には長い時間です。
長く座り続けた親ほど、その巣を手放しにくくなっていくように見える、というのです。
ヤマシギの守り方には、少なくともいくつかの手があります。
身を隠す羽。
傷ついたふり。
そして、今回記録された突進。
隠す、あざむく、立ち向かう。
決まった危険に決まった反応を返すだけなら、どの鳥も同じ動きをするはずです。
けれど、記録された動きはそろっていません。
そこに見えてくるのは、その場の条件に応じて、手の出方が変わるということです。
隠れることは、できることの全部ではなく、いくつかのうちの一つでした。
道ばたや草むらで、小鳥が地面に伏せて動かずにいることがあります。
その動かなさを、ほかに手がないからだと受け取ってきたかもしれません。
けれど、身を伏せることは、逃げ場のなさの表れであるだけでなく、まだ使わずにいる一手でもあるのです。
次にその姿を見かけたとき、そこにあるのは怯えだけではなく、選ばれる前の、いくつかの構えなのかもしれません。
参考文献:
Brunette, Kylie L., Amber M. Roth, Rachel L. Darling, Michael L. Peters, and Erik J. Blomberg. 2026. “Oh Deer! Videography Reveals a Range of Defensive Behaviors against a Cervid by a Ground-Nesting Bird.” Ecology107(6): e70448. https://doi.org/10.1002/ecy.70448

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
