人の名前がとっさに出てこない。
暗算に前より少し手間取る。
若いころほど頭が回らなくなった、と感じる場面は、40を過ぎたあたりから増えてきます。
こうした手応えから、多くの人が一つの見取り図を持っています。
頭の働きは20歳前後で頂点になり、あとはなだらかな下り坂だ、という見取り図です。
誰かの努力不足の話ではなく、体で感じるぶん、それだけ確からしく思えます。
ところが、この見取り図に合わない事実があります。
時給や職業的な地位が最も高くなるのは、多くの国で50代の前半です。
主要国の政治指導者が選ばれるのも、50代の半ばから60代のはじめが中心とされています。
頭の頂点が20歳なら、実際の到達点がなぜ30年以上も遅れるのか。
ここに、小さな食い違いが残ります。
では、20歳からどれだけ落ちたかを数えると、下り坂は一本に見えます。
二人の心理学者が確かめたのは、その線が一本とはかぎらない、ということでした。
速く考える力は、確かに下ります。
けれど、語彙の豊かさ、感情を扱う力、お金をめぐる判断、善悪についての考えの深さは、同じようには下りません。
二人がしたことは、単純です。
欧米圏を中心に、日本なども含む既存研究から、9つの領域の測定値を取り出し、ばらばらだった単位を同じ物差しにそろえました。
すると、下る線と上る線が同時に見えてきます。
推論の速さ、記憶の範囲、頭の切り替えは、若いうちから下ります。
いっぽうで語彙や金融の知識は60代まで上りつづけ、損得を過去に引きずられずに測り直す力は、さらに遅くまで伸びます。
感情を扱う力や誠実さのように、中年に山があり、そこから下るものもあります。
では、上る線と下る線をそれぞれの重みで足し合わせると、全体はどこで頂点になるのか。
重みのつけ方には二通りが試されましたが、どちらでも山の位置はほぼ同じで、55歳から60歳あたりでした。
しかもこの年齢は、先ほどの食い違い—収入や職業的地位、指導者の到達点—と重なります。
脳の働き方を見た別の研究でも、脳内の結びつき方の個人差は55歳から56歳あたりで最も大きくなると報告されています。
測り方も対象も異なる別々の道が、同じあたりの尾根に近づいていきます。
もちろん、足し合わせの重みには、書いた人の判断が入ります。
だからこの山は、正確な標高というより、線の重ね方しだいで少し動く尾根です。
年齢の両端の値は、手元のデータから推定で補われた部分もあります。
頂点の位置は、誰か個人への判定ではなく、集団の輪郭を描いた一本の線にすぎません。
そう考えて中年期を見直すと、下り坂の途中の踊り場、という眺めが少しずれます。
線の下り方も上り方も、人によって違います。
名前がとっさに出てこない今日の自分と、損得を長い目で測れるようになった今日の自分は、別々の線の上にいて、どちらも同じ一日に属しています。
数えている線が一本ではないとすれば、頂上は、思っていた場所とは限りません。
参考文献:
Gignac GE, Zajenkowski M. Humans peak in midlife: A combined cognitive and personality trait perspective. Intelligence. 2025;113:101961. doi:10.1016/j.intell.2025.101961

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
