街を歩いていて、あるいは画面をながめていて、誰かの体にふと目が留まることがあります。
しばらく鍛えているのだろうな、とか、引き締まっているな、とか。
多くの場合、私たちはそれを個人的な好みだと考えています。
人の体の魅力は、姿勢や雰囲気や全体の釣り合いなど、たくさんの要素が入り混じって決まるもので、たった一つの物差しに置き換えられるはずがない。
そう感じるのが自然です。
実際、体の魅力を言葉にしようとすると、話はいくらでも複雑になります。
肩の幅、脚の長さ、肌の様子、立ち姿。
どれか一つを取り出しても、それだけで魅力が決まるとは思えません。
無数の要素が少しずつ効いているのだろう、という見立てには、それなりの説得力があります。
少なくとも、たった一つの数字で大半が言い当てられるとは考えにくいところです。
ここに、別の角度から入った研究があります。
オーストラリアの研究チームが、顔を隠した男性の体の写真を用意しました。
そして評価する人たちを二手に分けます。
片方には、この体はどのくらい魅力的か。
もう片方には、この体はどのくらい強そうか。
それぞれを7段階で採点してもらったのです。
魅力を採点する人と強さを採点する人は別の集団で、互いの点数を知りません。
この二列の採点を後で重ねれば、片方の目が本当は何を見ていたのかが見えてきます。
重ねた二列は、ほとんど同じ形で並んでいました。
強そうに見えるかどうかだけで、体の魅力のばらつきの7割ほどが埋まります。
身長や体格の情報を足すと、8割近くに届きました。
魅力という言葉で採点していた人たちが測っていたのは、その大半で、相手がどのくらい強そうに見えるか、だったのです。
強すぎる体は敬遠されるのではないか、ほどほどが好まれるのではないか、という見方は昔からありました。
とても強い男性は、力がある分だけ家庭に留まらず別の相手へ向かうかもしれない、だから中くらいの強さがちょうどよいはずだ、という理屈です。
ところがこの標本の範囲では、そうした頭打ちは見当たりませんでした。
写真群の中で最も強そうな体が、最も魅力的だと採点されています。
魅力を採点した160人の女性を一人ずつ調べても、筋力が低く見える身体写真を明確に好む傾向は見つかりませんでした。
同じ目は、強さだけを目盛りにしているのでもありません。
背の高さは、強そうに見えるかどうかとは別に、それ自体で加点されていました。
逆に、筋肉によらない体重の重さは、差し引かれる方向に働きます。
争いへの強さ、体の縦の伸び、余分な重さの少なさ。
評価者はそれらを、健康や身体の状態として読んでいたのかもしれません。
遠い祖先にとって、相手の体つきは、その力や状態を推し量る数少ない手がかりでした。
もっとも、ここに並んだのは日常の範囲の若い体で、人並み外れた筋肉の持ち主まで確かめれば、また違う関係が見えるのかもしれません。
街で誰かの体に目が留まるとき、そこで働いているのは、洗練された美意識だけではなく、ずっと古くからある一つの目算なのかもしれません。
参考文献:
Sell A, Lukazsweski AW, Townsley M. Cues of upper body strength account for most of the variance in men’s bodily attractiveness. Proc Biol Sci. 2017;284(1869):20171819. doi:10.1098/rspb.2017.1819

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
