市民マラソンの30キロ地点で、それまで軽かった脚が急に言うことを聞かなくなることがあります。
私の場合は、毎回といってもいいほどです。
前半は気持ちよく飛ばせて、時計を見ては貯金ができたと安心していました。
ところが後半に入ったとたん、同じ体が急に重くなり、歩くほどの速さまで落ちてしまう。前半にあれだけ余裕があったのに、後半にこうも崩れる。
あの余裕は、ただの勘違いだったのでしょうか。
レースプランの失敗だったのでしょうか。
マラソンでは、男性のほうが平均して速く走ります。
筋肉の量や、酸素を運ぶ力など、体の作りの違いがそこに関わることは、以前から知られています。
速いのだから、力の配り方も当然うまいはずだ。
そう考えるのが自然です。
前半から攻められるのは実力があるからで、実力のある人は最後まで崩れない。
速さと崩れにくさは、同じ一つの強さの二つの面に見えます。
研究チームは、この見立てをベルリンマラソンの記録で確かめにかかりました。
1999年から2025年まで、27年分、約87万人の完走記録です。
前半と後半のタイムを比べれば、その人が力をどう配ったかが見えてきます。
速い人ほど配分がうまく、崩れにくいのか。
強い集団ほど、男女の差は消えていくのか。
研究チームは、その問いを記録の上に置きました。
後半のタイムが前半より20%以上落ちた場合を、この研究では「壁に当たった」と呼びます。
糖の蓄えが少なくなり、同じ速さを保てなくなるような大きな失速の目安です。
記録をこの物差しで見ていくと、見立てとは逆の形が現れました。
壁に当たった人の割合は、男性17.63%、女性9.66%。
ほぼ2倍です。
速く走れる集団であるはずの男性側に、後半の崩れが多く残っていました。
速さは、崩れにくさの保証ではありませんでした。
さらに意外なのは、速い集団でも差が消えなかったことです。
ふつうなら、経験を積んだ速いランナーほど配分はうまくなり、男女の差も縮むはずです。
ところが3時間を切る最上位では、男性が壁に当たる割合は女性の6倍にもなりました。
1.42%対0.23%です。
経験が足りないせいだ、という説明はここで行き詰まります。
少なくとも、速い層だから差が消えるとは言えなかったのです。
しかも、この差は27年を通じて、縮む傾向が確認されませんでした。
ここで、体の側と走り方の側が重なってきます。
これまでの研究では、女性は持久運動中に脂質を使いやすく、糖の蓄えを保ちやすい傾向があるとされてきました。
そうした違いが、後半の失速の出方に関わっている可能性があります。
もう一つは、力の配り方の側で、こちらはまだ仮説です。
競争の場面で自分の力を高めに見積もり、前半から出しすぎてしまう傾向が、男性側に出やすいのかもしれません。
体の違いと、選び方の違い。
どちらの話でも、焦点は後半に何が残るかにあります。
そう見えてくると、前半で軽やかに飛ばしていく人の姿が、少し違って映ります。
あの速さだけでは、後半にどれだけ残してあるかまではわかりません。
自分が走るときも、誰かの走りを見るときも、目の向かう先が、前半から後半へと少しずれているかもしれません。
参考文献:
Seffrin, A., Villiger, E., Andrade, M.S. et al. Sex differences in marathon pacing: analysis of 873,000 Berlin marathon runners reveals men are twice as likely to “hit the wall”. Sci Rep 16, 19529 (2026). https://doi.org/10.1038/s41598-026-56334-7

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
