「いちばん冷たい場所」と聞くと、決まってひとつの光景が浮かびます。
温度計の目盛りをどこまでも下へたどり、これ以上は下がらない点に行き着く。
粒の動きも止まり、すべてが凍りついた、階段のいちばん下の段。
「絶対零度」は、その到達点の名前として使われてきました。
冷やしつづければ、いつか届く場所。
多くの人がそう思っています。
この到達点は、時代ごとに違うやり方で描かれました。
18世紀には気体の体積や圧力がゼロになるところ、やがて粒の動きが止まるところ、と考えられました。
20世紀初め、ネルンストは、この近くで物質のふるまいが変わると気づき、のちに熱力学第3法則と呼ばれる法則にまとめました。
ただしその証明にアインシュタインが反論し、決着は長く持ち越されます。
たどり着けないことと、そこで何が成り立つかは、別の話です。
近づけないからこそ、どう測るかが問われます。
物質の側から眺めると、話は「物質がどうなるか」に向かいます。
けれど温度には、別の見方があります。
水が高い所から低い所へ落ちて水車を回すように、熱も高温から低温へ移る途中で、一部を仕事に変えられます。
それを最も無駄なく理想化したのがカルノー機関で、熱い側と冷たい側でやりとりする熱の比が、2つの温度の比になります。
温度は、物質の中だけでなく、機関の働きからも測れるのです。
では、その機関を、いちばん冷たい側へ寄せてみます。
冷たい側の温度がゼロなら、そこと交わす熱もゼロです。
温度が熱の比で決まる以上、片方がゼロになれば、やりとりする熱もなくなるからです。
すると機関は、冷たい側へ熱を渡せません。
渡せないまま熱い側からだけ受け取れば、熱は片道切符になります。
第2法則が禁じているのは、1つの熱源を冷やすだけで重りを持ち上げる装置ですから、ゼロの側では機関は仕事を生み出せません。
残るのは、行って戻るだけの往復です。
ある状態から出発し、同じ状態へ帰ってくる。
ぐるりと回っても、その輪は面積を囲まず、仕事も熱の出入りも生みません。
この空っぽの往復は、有限の密度を持つ均質な物質なら、種類を越えて同じ形をとります。
だから、いちばん低い温度のきわでは、物質が同じ温度で状態を変えるときの余地、熱力学でいうエントロピー変化が、種類によらずゼロへ寄っていきます。
ネルンストが測定から見つけた性質が、今度は第2法則の側から導かれました。
ここで、こう言いたくなります。
それは測り方の都合で、物質そのものの到達点は別にあるのではないか、と。
もっともな疑いです。
けれど、片方を空にするこの往復は、中身を替えても同じ空っぽの輪になりました。
中身によらず輪が空になるなら、その位置は物質だけが抱える特別な場所ではなく、測る往復がそこで尽きる位置だと分かります。
粒の動きが止まるという描写も、体積が消えるという描写も、別々の入口から入って、行き着く先は同じこの一点でした。
もちろん、この往復で絶対零度のすべてが片づくのではありません。
低温で比熱が小さくなる性質は、別の場所に残ります。
アインシュタインは、この機関は現実には作れないと言いました。
そのとおり、作る装置ではなく、位置を確かめる道筋です。
往復がそこで何も生まないことが、踏み込めない理由です。
冷やしても冷やしても、近づくだけです。
次に「いちばん冷たい場所」という言葉を目にしたとき、凍りついた底ではなく、行って、戻って、何も囲まないまま閉じる小さな輪が、目盛りの外側にそっと浮かぶかもしれません。
参考文献:
Martín-Olalla JM. Proof of the Nernst theorem. Eur Phys J Plus. 2025;140:528. doi:10.1140/epjp/s13360-025-06503-w

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
