「つわり」を測る試み ― マーモセットとマウスに見えた足踏みの記録

「つわり」を測る試み ― マーモセットとマウスに見えた足踏みの記録

 

つわりは、外から見えにくい不調です。

吐き気、食欲の低下、においへの敏感さ、体重の変化。本人には切実でも、周囲にはその強さがわかりにくい。

そのため、ときに「個人差」や「気の持ちよう」という言葉の棚に置かれてきました。

けれど、見たいのは、誰かの感じ方の強さではありません。

体のどこに、その変化の跡が残るのかです。

 

吐き気や嘔吐をともなうつわりは、妊婦さんの70〜80%が経験するとされます。

それほど身近な現象なのに、体の中で何が起きているのかは、まだ十分にはわかっていません。

多くの病気や症状では、似た変化を動物で再現し、血液や臓器や行動を細かく調べることで研究が進んできました。

つわりでは、その足場が弱かったのです。

犬やアカゲザルで、妊娠初期に食欲が落ちたり、食べ物を拒んだりする様子は知られていました。

それが人間のつわりに近い現象なのか、どの時期に起きるのか。

そこは、まだ確かめきれていませんでした。

 

吐き気そのものを動物で測るのは簡単ではありません。

マウスはそもそも吐きません。

マーモセットも、家族で暮らす環境では、嘔吐や吐き気を細かく追うことが難しい。

研究チームが追ったのは、体重、食べる量、動き方でした。

見えにくい不調を正面からつかめないなら、その周辺に残る変化を調べる。

そんな発想です。

 

コモンマーモセットでは、体重の曲線が手がかりになりました。

研究チームは2つの施設で、20匹の母親、合計115回の妊娠を追いました。

妊娠中の体重は、ふつう出産に向かって増えていきます。

ところが、一部の妊娠では、出産の95〜65日前あたりに体重がいったん下がりました。

全体では約22%です。

しかも、同じ母親で、複数回の妊娠にわたって似た体重低下が見られる例もありました。

 

その個体だけの癖、という見方もできます。

体重の測り方、飼育環境、食べ物の好み、たまたまの体調。

そう考えるのは自然です。

けれど、体重が下がる時期は、ばらばらに散っていませんでした。

マーモセットで胎盤が発達する時期と重なっていたのです。

胎盤は、母体と胎児のあいだにできる交換の場です。

個体差は残ります。

けれど、その変化が表れる時期には、ひとつのまとまりが見えてきます。

 

マウスでは、同じ形の体重低下は見られませんでした。

妊娠が進むにつれて、体重は増えていきます。

それなら、この話はマーモセットだけで終わるはずでした。

食べる量と動き方の記録を重ねると、別の変化がありました。

胎盤がつくられる妊娠5〜9日ごろ、食べる量の増え方が鈍くなり、活動量も増え方が止まるような時期がありました。

体重では見えないものが、行動の側に表れていたのです。

 

人間のつわりと同じものだ、と言い切ることはできません。

今回の研究で直接見たのは、吐き気ではありません。

人間、マーモセット、マウスでは、妊娠中のホルモンや胎盤のつくりも違います。

見えてきたのは、同じ病名ではなく、胎盤がつくられる時期の周辺に、複数の動物で体重や行動の変化が表れるということです。

 

台所のにおいに負ける朝。箸が止まる食卓。冷蔵庫の扉を開けた瞬間のためらい。

その手前には、母体と胎児のあいだに新しい交換の場ができていく時間があります。

体の奥で進む仕事の影が、そんな小さな動作にも少しだけ映っているのかもしれません。

 

参考文献:

Yano-Nashimoto, S., Shinozuka, K., Kurachi, T. et al. Transient changes in body weight and behavior during the placentation period in non-human primates and rodents. Sci Rep 16, 8162 (2026). https://doi.org/10.1038/s41598-026-41314-8

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。