同じ住所でも、同じ環境ではない ― 体が出会う場所を測る

同じ住所でも、同じ環境ではない ― 体が出会う場所を測る

 

健康と環境の関係を調べるとき、研究者は一人ひとりを、地図の上の一点として置きます。

多くの人にとって、それは夜に眠る家の住所です。

その点を中心に半径3kmほどの円を描き、円の中の空気の汚れや緑の量を平均して、それをその人の環境とみなします。

その円は、ここから内がその人の世界、外は無関係、と引かれた一本の線です。

こうして人は、眠る場所の一点と、それを囲む線に置き換えられるのです。

 

けれども、円の内側を人は均一には生きていません。

同じ建物の隣同士でも、一人は木陰の多い道を抜け、もう一人は車の多い通りを行きます。

肺や肌が触れる環境は、家を囲む円とは別の形をしています。

ロンドンでの調査では、人が1日の95%を屋内で過ごすため、家の周りの値より実際の曝露、つまり環境にどれくらい触れているかは低く出ました。

別の都市で交通量を追った研究では、移動を含めると曝露がおよそ51%高く見積もられました。

家の値は外れていて、しかも、どちらへ外れるかさえ前もっては読めないのです。

 

ならば円を描き直せばよい、と考えたくなります。

3kmが広すぎるなら1km、それでも合わないなら300m。

ところが、どの半径を選ぶかで結論そのものが変わってしまいます。

境界の大きさは研究者の当て推量にすぎず、その推量しだいで結果が違ってきます。

半径をいくつにすればよいのか。そこで多くの研究は、決め手を欠いていました。

 

レスターの研究チームは、円の中を一律に扱うのをやめました。

家からの距離に応じて一つひとつの地点に重みをつけ、近いほど重く、遠いほど軽くします。

そのうえで、重みがどれだけ速く小さくなるかを表す一つの数を、健康の結果のほうから読み取りました。

どこまでを環境とみなすかは、あらかじめ決める設計図ではなく、人々の症状の記録から推定するものに変わったのです。

 

その方法を、アルバニアの子どもたちの記録にあてはめます。

題材は、5歳未満の子の呼吸器の症状と、家の周りの緑の濃さです。

緑は呼吸を助けることも、花粉などで負担になることもあります。

ただし狙いは、その効きめを言い当てることではありません。

研究チームはまず、緑と症状の関係がこのくらいある、という条件を決め、その条件から仮想の症状データを作りました。

そして、そのデータだけを見て、最初に決めた条件にどこまで近い値を推定できるかを調べました。

いわば、答えを隠したうえで、測り方に採点を受けさせたのです。

1114人では、採点結果は苦しいものでした。

推定値は大きくぶれ、関係の向きまで逆に読んでしまう場合がありました。

人数が足りないとき、影響がどこまで届くのかは読み取れません。

 

人数を10万人に増やすと、あらかじめ置いた答えに、推定はほぼ重なります。

家から離れるほど緑の重みは軽くなり、その軽くなる速さを、私たちは一つの数として手にします。

数が小さいときは、500m先の緑にもまだ重みが残ります。

大きいときは、家から100mほどの範囲に重みが集中します。

人数がそろって初めて、影響がどこまで届くのかを図に描けます。

 

私たちの家を囲む円も、同じことです。

家の値が高く出たり低く出たりしたのも、このためでした。

届いていた環境は、内と外を分ける一本の線ではなく、近いものほど重く、遠いものほど薄れていく広がりです。

その薄れ方がどれくらいの速さなのかは、十分な数の人にたずねることで、ようやく見えてきます。

どの角を曲がり、どの木の下を歩くかで、受け取る濃さは変わります。

次に自分の家を地図で見るとき、周りの線は、もう壁には見えないかもしれません。

 

参考文献:

Tahir H, Smart S, Cai S, Ng A, Vande Hey J, Lucas TCD. Accounting for human movement to improve exposure-health models. medRxiv. Preprint posted online June 17, 2026. doi:10.64898/2026.06.15.26355663

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。