長く使った道具には、表面に汚れがこびりつきます。
脳の老化について語るときにも、似たような「汚れ」が問題になります。
アミロイドβです。
神経細胞のあいだに年月をかけて沈着するたんぱく質で、アルツハイマー病の代表的なマーカーとして知られてきました。
もの忘れの原因を探すとき、まずその「こびりつき」に目を向けるのは自然なことです。
だとすれば、対処法も見えてきます。
こびりついたものを薬で減らせば、もの忘れの進み方も止まるはずだ、と。
しかし現実は、そこまで単純ではありません。
沈着を減らす薬の効果は、進行を2割から3割ゆるめる程度にとどまります。
汚れを落としても、道具そのもののくたびれまでは戻らない。
では、長く使われた脳では、ほかに何が見えているのでしょうか。
その手がかりを、研究班は百寿者の血液に求めました。
対象は日本の100歳以上495人。
平均年齢は104.1歳で、110歳以上の人も含まれていました。
研究班は、アミロイドβ、アルツハイマー病に関わるリン酸化タウ、そしてもう1つ、NfLという成分を測定しました。
その後、参加者を最長17年追跡しました。
結果からは、アミロイドβの沈着だけでは説明しきれない関係が見えてきました。
アミロイドβ42/40比の低さは、認知機能の低さと関係しており、この点では従来の見方と大きく外れるものではありません。
しかし、死亡との関係まで広げて見ると、最もはっきり残ったのはアミロイドでもタウでもありませんでした。
神経細胞の内側を支える細い線維の切れ端、NfLです。
神経が傷むと、その一部が血液の中に出てきます。
NfLが多い人ほど、記憶や見当識をみる検査の点は低く出ていました。
さらに、NfLが統計上の1段階分高くなるごとに、死亡リスクは1.36倍高くなっていました。
これは、脳の中に何かがたまっているかどうかを見るのとは別の視点です。
こびりついたものを追うのではなく、傷んだ神経から何がこぼれているかを見る。
そこに、百寿者の脳の変化を知るもう一つの手がかりがありました。
しかも、NfLは、脳だけを映す数字ではありませんでした。
腎臓の働きが落ちている人、アルブミンが低い人、貧血のある人ほど、NfLは高い傾向にありました。
脳から遠く見える数値にも、この神経の切れ端との関係が表れていたのです。
100年を超えて生きる体では、脳だけが別室で年を取るわけではありません。
腎臓、栄養、血液。その長い付き合いのどこかで、神経のほつれが重なっているように見えます。
もちろん、この研究だけで、NfLが寿命を決めているとは言えません。
血液の値から脳そのものを直接見たわけではなく、対象も日本の百寿者に限られています。
100歳を超えて生きた人だけを調べている以上、結果の見え方には偏りが入りこむ可能性があります。
また、NfLは誰か一人の未来を言い当てる数字でもありません。
高いか低いかだけで、寿命や認知機能の行方を決めつけることはできません。
それでも、この研究は老いを眺める別の入口を示しています。
老いを「何がこびりついたか」だけでなく、「何がこぼれてきたか」から見る。
採血管の中の小さな数値に、脳と体が同じ時間を過ごしてきた跡が、少し混じっているように思えてきます。
参考文献:
Shikimoto R, Sasaki T, Abe Y, et al. Biomarkers, Cognitive Function, and Mortality in Centenarians. JAMA Netw Open. 2026;9(5):e2611335. doi:10.1001/jamanetworkopen.2026.11335

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
