戸棚を開けると、奥まで食材で満ちています。
それなのに、今夜すぐ食卓に出せるものが、見当たらない。
買い置きはあるのに、手が止まる。
そんな夜が、たまにあります。
蓄えがあることそのものを、足りている証拠だと思っていたのに、食卓には何も出せない。
足りないなら足せばいい。
台所でも体でも、その考え方はとても自然です。
透析を受けている人には、貧血がつきものです。
血液をつくる材料が足りないなら鉄を補う。
血液をつくる合図が足りないなら、エリスロポエチン製剤で造血を促す。
これは、現在も基本になっている治療方針です。
ところが、14の研究、あわせて約650人を見直したまとめでは、そこに意外なものが加えられていました。
鉄ではありません。
鉄を1ミリグラムも含まないビタミンCです。
まず、血液の濃さにあたるヘモグロビンを見ます。
ビタミンCを加えた人たちでは、平均で0.94g/dLほど高くなっていました。
小さな差ですが、貧血治療の数字としては無視しにくい差です。
では、外から鉄が増えたのでしょうか。
血液中で測る鉄、つまり血清鉄の値を見ると、そこははっきり増えていませんでした。
血液の状態は少し良くなっている。
でも、血液中の鉄そのものは大きく増えていない。
検査票の上で、少し手が止まります。
鉄がただ足りないのか、それとも体の中で出入りしにくくなっているのか。
そこを確かめるために、検査票で押さえておきたい項目が2つあります。
1つはフェリチンです。
体の中に鉄がどれくらい蓄えられているかの目安で、平均で65ng/mLほど低くなっていました。
もう1つはトランスフェリン飽和度です。
鉄の運び手にどれくらい鉄が載っているかを見る値で、平均で6.86ポイント高くなっていました。
血清鉄は大きく増えていない。
蓄えの目安は下がっている。
運び手に載る鉄は増えている。
外から鉄をどっさり足したというより、しまわれていた鉄が、運び手に載りやすくなった。
戸棚の奥にあった食材が、調理台の上に出てきたように見えます。
ビタミンCには、鉄を運びやすい形に変える働きが知られています。
鉄には体の中で扱いやすい形と、扱いにくい形があります。
ビタミンCは、その変換に関わります。
透析患者さんでは、炎症や腎不全の影響で、鉄があるのに使われにくい状態が起こります。
足りないように見えていたものは、最初から体の中にあったのかもしれない。
ただ、血液をつくる場所まで届きにくかったのかもしれない。
もちろん、この読み方だけで明日から治療が変わるわけではありません。
ビタミンCが足りているかを測ればよいのでは、と考えたくなりますが、その値を貧血治療にどう結びつけるかは、まだ十分に決まっていません。
研究ごとの差は大きく、根拠の確かさは低いとされています。
ビタミンCを長く使ったときの安全性、とくにシュウ酸の蓄積についても、まだ十分には見られていません。
自己判断でサプリを増やす話ではなく、検査値の並びから、体の中の鉄の動きをどう読むかという話です。
戸棚の前で、空腹だけが先に立つ夜があります。
棚は空なのか。
奥にあるのに、手前へ出てきていないだけなのか。
貧血の検査票を通ってから戸棚を見ると、「足りない」という言葉の中に、量だけではなく、取り出し方の影が混じっているように見えてきます。
空っぽだと決める前の一拍が、少し長くなるかもしれません。
参考文献:
Beltrán Covarrubias SA, Magallanes Bajana A, Chen Liang A, et al. Ascorbic acid as an adjunct therapy for anemia in erythropoietin-treated hemodialysis patients: a systematic review and meta-analysis. Clin Kidney J. 2026;19(6):sfag070. doi:10.1093/ckj/sfag070

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
