私のブログには「ヘンな論文(私見)」という分類があります。
真顔で妙なことを調べた論文を探して読む、趣味としか言いようのない道楽です。
お手本は、人を笑わせ、それから考えさせるというイグノーベル賞の精神。
今回の一本も、その匂いがします。
何しろ、ノーブラを大真面目に調べているのですから。
スロバキアの研究チームが、409人の女性に尋ねました。
夏のあいだ、外と家とで、どれくらいブラジャーを身につけますか、と。
おかしな質問のようでいて、このチームには初めから一つの見立てがありました。
身につけないという選び方は、恋愛や性的な関係への開放度と結びついているはずだ。
短い関係に積極的な人ほど、身体の線を見せる装いを選びやすいのではないか。
その合図は異性へ向けられている。
研究チームはそう見込み―正直に言えば、私たちもたいてい、同じように考えてしまいます。
見せる装いは、見せたい気持ちのあらわれにちがいない、と。
ところが、集まった答えを並べてみると、勝手が違いました。
外では78.5%がほぼ毎回身につけ、ほとんど身につけない人は2.2%でした。
家では、ほとんど身につけない人と、ほぼ毎日身につける人に分かれました。
同じ人でも、場面によって装いは変わります。
それなのに、肝心の「関係への開放度」との結びつきは、公共の場では見当たりません。
最初の見立ては、宙に浮いたままになりました。
代わりに目立っていたのは、別の関係でした。
胸の大きさよりも、形の張りや、自分の身体への満足度、自己評価の高さと結びついている。
豊胸手術を受けた人ほど、外でも身につけない傾向がありました。
大きいほど隠す、という素朴な予想とは逆向きです。
ここで見えているのは、身体そのものの優劣ではなく、本人が自分の身体をどう受け止めているかです。
選ばれていたのは「見せる相手」ではなく、その人自身の身体感覚に近いものだったようです。
では、その合図は誰に向いていたのか。
男性に、と答えたくなります。
けれど画像を見て採点してもらうと、身につけない姿を「魅力的」と高く採点したのは、男性(中央値7)より女性(中央値9)のほうでした。
しかも、その姿を「不誠実だ」と受け取る度合いは、男性より女性のほうが弱めでした。
男性が単純に強く反応していた、という話ではなさそうです。
女性の目にも、その差ははっきり映っていました。
もう一つ、見過ごせない点がありました。
外で身につけないことが少なかったのは、嫌がらせへの不安が強い人たちです。
装う本人は、他人からどんな意味を乗せられるかという危うさまで含めて、その場に合わせています。
意味づけの重さは、装う側に偏ってのしかかります。
なお、これらは本人の申告に基づく数字です。
人は自分の習慣を、思っているより大ざっぱにしか覚えていないので、細かいところはほどほどに受け取るのが安全です。
服装には、いつも本人の意図とは別の意味が乗せられます。
同じ装いを、ある人は欲望として、別の人は自信や立ち位置の合図として受け取るのかもしれません。
私たちは毎朝、誰かの視線がある場所へ向けて服を選び、知らないうちに少しだけ身構えている。
今日の鏡の前で選んだその一枚にも、まだ自分では選んでいない意味が、どこかで足されているのかもしれません。
参考文献:
Prokop P, Tomanová Čergeťová I, Balcerčík J. Women’s and men’s perceptions of (not) wearing a bra in public. Front Psychol. 2026;17:1797201. doi:10.3389/fpsyg.2026.1797201

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
