昆虫食をすすめる話ではありません。
食卓にバッタやコオロギが出てきたら、箸が止まる人は少なくないはずです。
その反応は、恐れや弱さではなく、ごく自然な距離感です。
長いあいだ私たちは、虫を食べものではなく、避けるもの、追い払うものとして見てきました。
畑では、虫は作物を食べます。
家の中では、できれば出会いたくない相手です。
バッタ目の仲間には、農業害虫として扱われるものもいます。
その「困った相手」の体には、どんな栄養が含まれているのか。
研究者はそこを調べました。
食べるべきか、食べたくないか。
その判定に急ぐ前に、小さな体の中身を確かめたのです。
研究者はトルコのビンギョル県で、オケラ、バッタ、コオロギ、キリギリスの仲間を含む5種の直翅目昆虫を集めました。
標本を洗い、60℃で乾燥させ、粉にします。
たんぱく質は窒素量から計算し、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウム、鉄は分析装置で測りました。
種ごとの差は、たんぱく質でもミネラルでも、くっきり分かれました。
たんぱく質はキリギリス系の一種で乾燥重量の約4割、コオロギ系は約3割弱。
ミネラルでは、土の中で暮らすオケラはナトリウムが飛び抜けて多く、草を食べる大型のバッタはカリウムが最も少ない種の6倍を超え、コオロギは鉄が最も多い。
肉食性のキリギリスでは、カルシウムがほとんど見えないほど低い。
同じ「食用昆虫」という枠で見ても、片やナトリウム、片やカリウム、片や鉄、片やカルシウムの少なさ。ひとまとめに見えていた虫たちが、別々の顔を持っていました。
土の中で暮らす虫にナトリウムが多いのは、ミネラルを含む土に触れ続ける暮らしと関係しているのかもしれません。
草を食べる虫にカリウムが多いのも、植物にカリウムが多いことを考えると筋が通ります。
では、ほかの虫を捕らえて食べるキリギリスで、カルシウムがここまで低いのはなぜなのか。
住む場所が違えば触れるものが違い、食べるものが違えば取り込む元素も違う。
土の虫には土が、草の虫には草が、獲物を追う虫にはその暮らしが出ていました。
並んだ数字は、その虫が「どこで、何を食べて生きたか」に沿っていました。
世界には、昔から昆虫を食べてきた地域があります。
昆虫は、少ない餌や土地で育つ資源としても考えられています。
今回の測定でも、害虫と呼ばれる相手の体に、たんぱく質やミネラルが含まれていることが確かめられました。
もちろん、この研究だけで夕食の献立を決める話ではありません。
調べた標本数は限られ、乾燥させて粉にした標本を調べたものでもあります。
安全性、味、加工法、文化として受け入れられるかどうかは、別に確かめなければなりません。
私たちは、ときに虫たちを「新しい食材」として見ます。
たんぱく質が多いか、鉄が多いか、これからの食料になるのか。
成分表の数字を前にすると、つい人間の都合で値踏みしたくなります。
けれど、虫の体は栄養を詰め込んだカプセルではありません。
土の中で暮らしたものには土の成分が、草を食べたものには葉の成分が、獲物を追ったものにはその暮らしの跡が残っていました。
いつか私たちがそれを口にする日が来るとしても、飲み込むのは無機質な数字だけではないのでしょう。
そこには、その虫がいた土や葉や風景のかけらも、少しだけ混じっているのかもしれません。
参考文献:
İlçin M. Orthoptera as emerging nutritional resources: comparative analysis of protein and mineral composition. Sci Rep. Published online June 1, 2026. doi:10.1038/s41598-026-55952-5

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
