海沿いの定置網には、魚が集まります。
魚が集まれば、鳥もやって来ます。
漁師にとっては売り物をついばむ相手であり、鳥にとっては目の前に置かれた朝食です。
腹を立てたくなる場面ですが、鳥の多くは保護の対象でもあります。
追い払いたい。
けれど傷つけたくない。
海の上では、鳥よけに「殺さずに遠ざける」という、やっかいな注文がつきます。
そのために考えられたのが、水に浮かぶ小さな風車のような装置でした。
言ってみれば、海の上の「田んぼの案山子」です。
本物の人が立っているわけではないのに、鳥が「近づかないほうがよさそうだ」と感じる。
その案山子には、少し凝った仕掛けがあります。
羽には大きさの違う「目」が描かれ、風で回るたびに、捕食者の目が近づいてくるように見えるのです。
名前はLooming-Eye Buoy。
ここでは「目玉ブイ」と呼びます。
このブイの考案者は、当然その効果を期待していたはずです。
問題は、その効果がいつまで続くかでした。
だまされた鳥が、翌日も、1週間後も、同じように近づかないでいてくれるのか。
怖かったものは、同じ場所にあり続けても怖いままなのか。
案山子は、いつまで案山子でいられるのか。
目の前の相手は、単なる邪魔者ではなく、経験から学ぶ生きものとして見えてきます。
2021年の春、研究チームはデンマークの西部バルト海沿岸にある2つの定置網を、実験の場にしました。
片方には途中から目玉ブイを2つ置き、もう片方には何も置きません。
岸から約250m離れた場所に立ち、10分間ずつ、鳥が網の近くにいるか、少し離れたところにいるかを記録しました。
調査期間は46日。観察日は8日で、記録は80回に及びました。
海辺の張り込みで見たいことは、ただ一つです。
目玉ブイは、鳥が近づくのを防げるのか。
設置から4日後、その網の近くでは、カワウと大型のカモメが大きく減っていました。
何も置いていない網では、目玉ブイのある網よりほぼ4倍多く鳥がいました。
その後もしばらく差は続きました。
けれど、日がたつにつれて、様子が変わっていきます。
約1か月後には、その差がはっきりしなくなりました。
カワウでは、はじめの数回には差がありましたが、その後は目立たなくなりました。
大型のカモメではもう少し長く続いたものの、最後の観察日には差がわからなくなりました。
同じ場所にいた海にすむカモの仲間は、目玉ブイのそばを泳いでも、ほとんど無反応でした。
同じ目玉でも、種によって効きも、続く長さも違ったのです。
怖さは、目玉の側だけにあるのではありません。
それを見る側が、何を経験したかにも左右されるようです。
もちろん、この研究にも限りがあります。
比べた定置網は1組だけで、それぞれの網にどれだけ魚が入っていたかまでは分けて記録できていません。
場所の違いがどこまで関係したのかも、分けて考えることはできません。
確かめられたのは、その一部です。
海の上では、目玉が今も回っています。
羽が大小の「目」を入れ替え、何かが近づくように見せています。
けれど、その横を泳ぐ鳥にとって、それはもう近づいてくる目ではないのかもしれません。
見ても、何も来なかった目。
次に同じ目を見たとき、鳥が見ているのは、捕食者ではなく、何も起きなかった昨日までの海なのかもしれません。
参考文献:
Gildas Glemarec, Casper Berg, Anne-Mette Kroner, Lotte Kindt-Larsen; Looming-Eye Buoys temporarily reduce the number of fish-eating seabirds in pound nets. R Soc Open Sci. 1 May 2026; 13 (5): 252128. https://doi.org/10.1098/rsos.252128

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
