海に囲まれた沖縄に住む私たちにとって、海水淡水化プラントはただの施設ではありません。
干ばつや台風のたびに、水がどれほど暮らしの足場を支えているかを思い知らされます。
透析クリニックに身を置く者としては、水は暮らしを支えるだけでなく、治療そのものの土台でもあります。
久米島や宮古島、本島の暮らしも、海から真水をつくる技術と切り離せません。
淡水化は遠い研究室の未来技術ではなく、私たちの暮らしを実際に支えている技術です。
ただ、その命綱には、見落としがちな側面があります。
海水から水だけを取り出せば、あとには濃い塩水が残ります。
これをそのまま大量に海へ戻せば、周囲より塩分濃度の高い水が海底にたまり、生態系への影響が問題になります。
実際、淡水化プラントでは放流方法や拡散の管理が重要な課題になっています。
水は暮らしへ向かう。
では、塩はどこへ行くのか。
濃い塩水には、ナトリウムやマグネシウムだけでなく、カリウム、カルシウム、臭素、セシウム、金、ウランなどの元素も含まれています。
現在の主流である逆浸透膜法では、高い圧力をかけて海水を膜に通します。
そこにはエネルギーも、前処理も、濃縮水の管理も必要です。
今回の研究は、その膜を改良する話ではありません。
ロチェスター大学の研究チームが試みたのは、塩を無理に取り除くのではなく、蒸発するときに塩が装置の中央にこびりつかず、端のほうへ集まって固まるようにできないか、ということでした。
素材は200μmの厚さのアルミ箔です。
フェムト秒レーザーで、平行な細い溝と畝を刻み、表面にはさらに細かなナノ構造を重ねます。
板は深い黒になり、太陽光をよく吸収します。
溝には海水の薄い膜が入り込み、毛細管の力で重力に逆らって板の上へ昇っていきます。
高圧ポンプではなく、太陽の熱と、金属の表面に刻まれた微細な構造が、この仕組みを支えています。
模擬海水では、塩の結晶は端へ広がり、表面はきれいに保たれました。
ところが、本物の海水を流すと、板ごとの差がはっきり現れます。
浅く狭い溝の板では、表面がたちまち白く覆われました。
マグネシウム硫酸塩や炭酸カルシウムが食塩の結晶のすき間を埋め、水の通り道をふさいだためです。
一方、深さ110μm、幅50μmを超える溝をもつ板では、中心部に塩は残らず、縁に白い山のように積もりました。
この現象は、実は日ごろ見慣れたものに関わっています。
こぼしたコーヒーが乾いたあと、縁に濃い輪が残ることがあります。
蒸発が盛んな端で、溶けていた成分が先に濃くなるためです。
板の上でも、塩は水の境目で先に固まりました。
さらに、塩クリーピングと呼ばれる現象で、薄い水の膜が結晶の表面を伝い、溶けたり固まったりしながら、結晶の範囲が外側へ移ります。
深く広い溝では流れが保たれ、中心部はふさがれませんでした。
太陽の熱を使って水を蒸発させながら、濃い塩水として戻されがちな成分を、固体として集められることが確かめられました。
実海水を使った7日間の連続運転では、日中に1平方メートルあたり毎時1.76 kgの水が蒸発し、61.74 gの固形塩が集められました。
1日8時間の日照に置き換えると、2リットルのペットボトル約7本分の真水と、500 gほどの固形塩が同時に得られる計算です。
こうして残る塩には、海水にもともと含まれていたさまざまな元素が濃縮されています。
研究では、その延長として、別の表面処理を加えた条件でリチウム回収の可能性も予備的に試されていました。
もちろん、実証はまだ小さな規模にとどまります。
屋外実証に使われた板は9 cm²ほどで、耐久性や大型化、集めた塩の分離精製には次の課題が残っています。
それでも、捨てる水と集める塩とのあいだに引かれていた線は、材料の溝1本ぶんの差で動いていました。
参考文献:
Tang, L., Singh, S.C., Wei, R. et al. Additive-free and brine-discharge-free solar-thermal desalination with simultaneous complete mineral mining from ocean water. Light Sci Appl 15, 246 (2026). https://doi.org/10.1038/s41377-026-02315-4

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
