人は古くから、老いを恐れるだけでなく、その進み方を知ろうとしてきました。
最古級の文学として語られる『ギルガメッシュ叙事詩』にも、永遠の命を求める王の姿があります。
私たちは不老不死の霊薬を探して旅に出るわけではありません。
けれど血圧を測り、歩数を数え、睡眠時間を気にしていると、同じ願いのずっと小さな現代版を生きているようにも見えます。
老いは避けられないとしても、その進み方は測れるのか。
測れるなら、何がそこに表れるのか。
老いの話が健康の話になると、すぐに「努力」を求められがちです。
運動、食事、睡眠。確かにどれも大切です。
けれど、またその話か、と思ってしまうところもあります。
走る、泳ぐ、歩く。汗をかく運動は、体に効く活動としてわかりやすい。
一方で、音楽、美術館、踊ること、写真、図書館。
芸術や文化の時間は、心には良さそうでも、体の老化とはあまり結びつけて考えられません。
研究チームは、英国の大規模調査に参加した成人3,556人の血液を調べました。
ここで問題になるのは、老化の進み方を何で測るかです。
使われたのは、「エピジェネティック時計」と呼ばれる年齢の指標でした。
これは、DNAについた化学的な目印、DNAメチル化を読み取るものです。
ただし、老化を直接測る完全な時計ではありません。
カレンダー年齢に近いものもあれば、病気や機能低下、老化の速さを反映しやすいように作られたものもあります。
同じ調査には、過去12か月の芸術・文化活動も記録されていました。
歌う、踊る、絵を描く、写真を撮る、展示や博物館へ行く、歴史ある場所を訪ねる。
運動についても、走る、泳ぐ、サイクリング、ヨガ、散歩などの頻度や種類が調べられています。
7種類の時計で見比べると、カレンダー年齢に近い古い時計では、はっきりした関係は見えませんでした。
一方で、PhenoAge、DunedinPoAm、DunedinPACEという、健康状態や老化の速さに近い時計では、芸術・文化活動と運動のどちらにも、老化が遅めに見える傾向がありました。
月に何回か、週に何回か。
最初は、回数の話に思えます。
けれど、そうではありませんでした。
芸術・文化活動では、何種類の活動に触れているかにも差がありました。
歌う、美術館へ行く、写真を撮る、図書館に行く。
運動でも、歩く、泳ぐ、走る、ヨガをする。
活動の幅が広い人ほど、老化時計では「ゆっくり歳をとる」と出ていました。
汗をかく時間と、絵や音楽に触れる時間。
性質の違う2つが、血液のデータでは似た方向を示していたのです。
もちろん、この研究から「芸術活動が老化を遅らせた」とは言えません。
観察研究であり、活動内容は自己申告です。
血液だけを見た指標でもあります。
老化時計そのものにも、まだ絶対的な正解はありません。
だから読みどころは、派手な結論ではありません。
健康や老化の速さに近い時計で、芸術・文化活動と運動が似た方向に並んだ。
その慎重な一点にあります。
老いを測る方法が増えるほど、私たちが日常と呼んでいる時間の見方も、少し細かくなっていきます。
美術館に足を運ぶ。
カラオケで好きな曲を歌う。
休日に映画を観る。
そういう幸福時間の中で、私たちは老化時計のことなど考えていません。
ただ楽しくて、少し気分がほどけて、帰り道の足取りがいつもより軽くなる。
それだけの時間です。
けれど今回の研究を知ると、その「それだけ」に見えていた時間の奥に、まだ測りきれていないものがあるようにも思えてきます。
幸福な時間と、体の歳のとり方。
そのあいだに、まだ小さな鍵穴が残っています。
参考文献:
Fancourt D, Masebo L, Finn S, Mak HW, Bu F. Does frequency or diversity of leisure activity matter more for epigenetic ageing? Analyses of arts engagement and physical activity. Preprint. medRxiv. 2025;2024.11.01.24316559. Published 2025 Sep 16. doi:10.1101/2024.11.01.24316559

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
