目に見えないウイルスに対処しようとするとき、私たちは薬や消毒、強い紫外線、熱を思い浮かべます。
物理的に「壊す」としたら、超音波洗浄機のような強い衝撃が必要でしょう。
低い周波数の超音波が水中に気泡を生み、その気泡が弾けるときの力です。
確かに強力ですが、体の中で使えば周囲の健康な細胞まで巻き添えにしかねません。
ウイルスを物理的に壊すには、強引で無差別な破壊力が伴う。
それが、私たちの持ちやすい素朴な前提です。
紛らわしいのは、同じ「超音波」でも、超音波洗浄機と病院の超音波検査では使い方が違うことです。
洗浄機では、低い周波数の超音波で泡をつくり、その泡がつぶれる力を利用します。
一方、病院の超音波検査では、MHzという高い周波数帯の音を使って、体の中を画像として見ています。
今回の研究チームが調べたのは、この診断用に近い高い周波数の超音波でした。
相手にしたのは、インフルエンザA(H1N1)とSARS-CoV-2です。
どちらも外側に脂質の膜を持つウイルスで、この膜は包膜と呼ばれます。
研究で使われたのは、3〜20 MHzの超音波です。
低い周波数で泡をつくって壊すのではなく、高い周波数の振動がウイルスの形や膜にどう関わるのかを確かめています。
研究チームが注目したのは、共鳴です。
強い力で一気に壊すのではなく、ウイルスの大きさや形、膜のやわらかさに合う周波数では、包膜に小さなゆがみが繰り返し加わる。
何度も押された膜が、丸い形を保てなくなる。
強いから壊れるのではなく、合うから崩れる。
そこがこの研究の中心です。
熱で壊れたのなら、液体の温度が上がるはずです。
泡の衝撃が主役なら、低い周波数の超音波で起こりやすい変化に近くなります。
研究チームは、7.5 MHzの超音波を30分あてたときの温度とpHを測りましたが、大きな変化はありませんでした。
一方、42 kHzの超音波浴では温度が上がり、pHも変わりました。
この差を見ると、今回の変化は、熱や泡の衝撃だけでは説明しにくくなります。
粒子の大きさを測ると、別の角度からも変化が見えます。
SARS-CoV-2では、超音波をあてる前には、およそ107 nmの粒子がそろっていました。
7.5 MHzを5分あてた後には、1.5 nmや4.9 nmほどの小さな成分が見つかりました。
H1N1では、もともとおよそ129 nmの粒子が見えていましたが、超音波の後には測れる粒子がほぼ残りませんでした。
丸い粒子として保たれていた形が、崩れたと考えられます。
顕微鏡で見たSARS-CoV-2にも、同じ種類の変化がありました。
超音波をあてる前の粒子は丸く、表面も比較的なめらかでした。
超音波の後には、表面のへこみ、包膜の途切れ、輪郭の乱れが見られました。
さらに、そのウイルスを細胞に触れさせると、スパイクたんぱくやウイルスRNAの反応は大きく減りました。
粒子の大きさ、顕微鏡の画像、感染のしやすさ。
調べ方を変えても、包膜が保てなくなった様子が確認されています。
もちろん、このまま治療に使えるという話ではありません。
この研究は、液体中のウイルスや培養細胞を使った段階の実験です。
人の体の中には、組織の厚み、血流、臓器ごとの差があります。
狙った場所に、どの周波数を、どれくらい届けるのかという問題も残ります。
変異株によって効き方が変わる可能性もあります。
それでも、この研究を読むと、ウイルスの見方が少し変わります。
ウイルスは遺伝子やたんぱく質だけではなく、大きさ、膜、硬さを持つ粒子としても扱える。
超音波検査で使われてきた高い周波数の音が、条件によっては包膜に影響するかもしれない。
今回の研究は、その入口を示した段階です。
参考文献:
Veras, F.P., Nakamura, G., Pereira-da-Silva, M.A. et al. Ultrasound effectively destabilizes and disrupts the structural integrity of enveloped respiratory viruses. Sci Rep 16, 8612 (2026). https://doi.org/10.1038/s41598-026-37584-x

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
