車を待たせない信号は、街にとって親切な設計に見えます。
実際、多くの都市では長いあいだ、車の流れをできるだけ止めないことが、信号設計の大きな目標になってきました。
車が多い場所では車側の青を長くする。
歩行者や自転車が少し待つのは仕方ない。
そんな判断は、いかにも現実的です。
道路が詰まれば、まず車の流れをよくしたくなる。
交差点に立つ人の頭にも、その感覚は自然に入り込んでいます。
この研究が見ているのは、車に乗る人の善悪ではありません。
青信号の長さが、私たちの移動手段の選び方にどう関わるかです。
車の青を長くすれば、目の前の列は少し動きやすくなるかもしれません。
けれども、青信号は車だけのものではありません。
車側の時間をあえて少し削り、その分を歩行者、自転車、バスに渡すこともできます。
そのとき変わるのは、待ち時間だけではありません。
どの移動が得に感じられるか、その見え方も変わります。
歩いて行けそうだ、バスでも間に合いそうだ、自転車でも悪くない。
そんな判断の足場が少し変わります。
信号は、交差点を通す順番であると同時に、どの移動を選びやすくするかの配分でもあります。
研究チームは、街を格子状の道路網として扱い、通勤者が車か、それ以外の手段を選ぶモデルを作りました。
徒歩、自転車、バスなどは、車以外の移動としてまとめられています。
人は、より早く着ける手段へ少しずつ移ります。
そして、どちらに変えても得をしない状態に落ち着きます。
現実の街を丸ごと再現したものではありません。
複雑な街からいったん余分な枝葉を外し、信号と選択の関係を見やすくした実験室です。
モデルの中で青の配分を変えると、その小さな差が通勤者の選択に表れます。
車側の時間が手厚くなれば、車を選ぶ人が増えます。
反対に、車側の時間を抑え、車以外の移動に時間を渡すと、そちらを選ぶ人が増えます。
ここで問題になるのは、車がひとりを運ぶために大きな空間を使うことです。
一人一台が交差点に集まれば、車に渡した青の得は混雑で薄まります。
このモデルでは、車に有利な信号配分のもとで、かえって車の移動時間が長くなる領域がありました。
青を足したのに、道は軽くならない。
都市版の「よかれと思って」が、ここにあります。
論文には、ウィーンの交差点の実例も紹介されています。
そこでは、車側に85秒、歩行者側に15秒という配分が観察されています。
15秒で渡れる人もいれば、急ぎ足になる人もいます。
信号が赤に変わった車の前では、その短い時間に、歩く人や自転車に乗る人の通り道が確保されます。
赤信号は、ただ車を止めるための色ではありません。
街の中で、時間を一度分け直す合図でもあります。
赤で待つ数十秒は、誰かの通り道をつくる数十秒でもあるのです。
このモデルだけで街の答えが決まるわけではありません。
実際の移動には、天気、安全、荷物、子どもの送迎、足腰の状態、運賃、職場の場所が関わります。
道路もきれいな格子ばかりではありません。
それでも研究チームは、道路の一部を欠けさせた場合や、混雑が急に強まる条件でも確かめています。
細部を変えても、車を優先しすぎると混雑が戻るという傾向は残りました。
信号だけで都市が変わるとは言えません。
けれど、交差点で待つ時間は、私たちの移動の選び方と無関係ではありません。
交差点の赤や青は、秒単位の小さな配分に見えます。
けれども、その積み重なりの中で、車が楽に感じられたり、歩くことが遠く感じられたりします。
次に信号待ちをするとき、赤で止まる数十秒を、ただの遅れとは見にくくなるかもしれません。
誰かが止まる時間と、誰かが進める時間の入れ替わりが、そこにあります。
参考文献:
Adamo Cerioli, Riccardo Lucarno, Jiaqi Liang, Guillermo Prieto-Viertel, Vito D.P. Servedio, Rafael Prieto-Curiel; Traffic light cycles for a sustainable city. R Soc Open Sci. 1 May 2026; 13 (5): 251118. https://doi.org/10.1098/rsos.251118

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
