SFに親しんできた人なら、「未来から過去へ情報が届く」という設定を聞いただけで、いくつかの場面が頭に浮かびます。
例えば、映画『インターステラー』では、未来にいる父が過去の娘へメッセージを送ろうとします。
ジェイムズ・P・ホーガンの『未来からのホットライン』にも、未来から届く情報が現在の選択を変えていく、あのぞくぞくする展開がありました。
現実の私たちは過去へメールを送れません。
当たり前ですが、送信ボタンは、いつも未来のほうだけを向いています。
「過去へ送れるのか」と聞くと、多くの人はSFか、「祖父殺しのパラドックス」を思い浮かべます。
過去を変えたせいで現在の自分が成り立たなくなる、時間旅行につきものの矛盾です。
では、過去を変えるかどうかではなく、未来から過去へ抜ける通路があると仮に置いたらどうなるでしょう。
その通路を使うなら、どれだけの情報が通れるのか。
論文はこの思考実験を、P-CTCという模型で扱います。
事後選択つきの量子テレポーテーションを使い、閉じた時間の輪を表す模型です。
仮の通路を置いた瞬間、問題は時間旅行から通信へ移ります。
通信には、必ず回線の質があります。
雑音が多ければ、どんなに強く送りたくても情報は崩れます。
未来から過去へ向かう場合も、その制限は残るのか。
研究チームが測ろうとしたのは、夢の派手さではなく、見えない回線の太さです。
『インターステラー』では、このややこしさが父と娘の関係として描かれます。
未来にいる父が、過去にいる娘へメッセージを送る。
娘が受け取った結果は、記憶として未来に残る。
父はその記憶を読んでから、これから送るメッセージの形を決めることもできます。
受信の結果が送信に関わり、送信がまた受信に関わる。
原因と結果が一方向に並ばず、互いにかみ合ってしまうのです。
それでも、父と娘はそれぞれの時間の中で、無理なことをしているわけではありません。
娘は受け取り、記憶を残す。
父は未来でその記憶を読み、送信の仕方を決める。
通常の時間の流れと違うのは、未来から過去へ抜ける通路があることです。
論文はこの通路を量子チャンネルとして扱い、どれだけの情報が通れるかを計算します。
量子情報と古典的な情報を分け、1回だけ使う場合と、何度も使う場合の限界を調べています。
そこで見えてくるのは、SFでなら許されそうな無限の自由ではありません。
未来から過去へ声が届くとしても、その声は何でも運べるわけではない。
通路には、うまく合うときの通りやすさがあり、合わないときにどこまで耐えられるかもあります。
論文では、この2つの性質が情報量の限界に関わってきます。
長く使う場合、量子情報ではこの2つの平均が、古典的な情報では2つの和が効いてきます。
未来からの声にも、通れる幅があるということです。
もちろん、これは通常の量子論で過去への通信ができる、という話ではありません。
未来から過去へ抜ける通路を仮に置いたら、そこにどんな限界があるかを調べた研究です。
雑音のある通路でも、成功した場合だけを残すテレポーテーションでも、ブラックホールをめぐる模型でも、最後に問題になるのは同じです。
通路があるなら、そこを通れる情報には上限がある。
『未来からのホットライン』で胸が騒いだのは、未来が現在へ割り込んでくるからでした。
けれども、研究の目を通すと、もう1つ気になるものがあります。
何が届いたかではなく、どんな細い道を通って届いたのか。
送信ボタンは今日も未来のほうだけを向いています。
ただ、届かないはずの声にも、もし通路があるなら、そこには容量があるのです。
参考文献:
Ji K, Lloyd S, Wilde MM. Retrocausal capacity of a quantum channel. Preprint. Posted online April 15, 2026. arXiv. arXiv:2509.08965v2.

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
