息が上がれば、同じ運動なのか ― 水泳とランニングで違った、心臓への手ごたえ

息が上がれば、同じ運動なのか ― 水泳とランニングで違った、心臓への手ごたえ

 

以前にジムに通っていた頃のことです。

私はトレーニング器具のある上階には向かわず、いつもプールへ直行していました。

決して泳ぎが達者な方ではありません。

それでも、水に浸かっている時間そのものが気持ちよかったのです。

ところが、一度習慣が崩れて足が遠のくと、社会人にとって水泳の壁はやはり高い。

気軽にできる運動とは言いにくく、今の私はもっぱらランニング派です。

 

そんなふうに考えると、水泳とランニングの違いは、続けやすさや好みの違いに見えてきます。

プールに行ける人は泳ぐ。

時間がない人は走る。

息が上がり、脈が速くなり、体を鍛えるという意味では、どちらも同じ「有酸素運動」の仲間です。

けれども、体の奥では本当に同じことが起きているのでしょうか。

 

研究チームは若い雄のラットを、運動しない群、トレッドミルで走る群、水槽で泳ぐ群に分けました。

走る群と泳ぐ群は、最大酸素摂取量のおよそ75%に相当する強度で、1日60分、週5日、8週間トレーニングしました。

かなり真面目な「部活動」です。

ラット界の顧問も、なかなか容赦ありません。

 

全身の体力を見るかぎり、2つの運動は似た変化を示していました。

走ったラットも泳いだラットも、最大酸素摂取量は5%以上増えました。

筋肉の酸化能力に関わるクエン酸合成酵素の活性も高くなっていました。

泳いだ群だけが鍛えられたわけではありません。

持久力だけで見ると、走ることと泳ぐことには大きな差はありませんでした。

 

同じように体力が上がっていたはずの2つの運動も、心臓を直接見ると違いが見えてきます。

水泳群では、体重あたりの心臓重量や左心室重量が増え、左心室の内腔も広がっていました。

心筋細胞の幅や核の大きさにも変化がありました。

心臓が大きくなる、と聞くと、病気の心肥大を思い浮かべるかもしれません。

けれど、この研究で見られたのは、運動に合わせて、より多くの血液を送り出しやすくなる方向の変化です。

実際に、心臓の乳頭筋を取り出して調べると、水泳群の筋肉はより強い張力を出し、収縮と弛緩の速さにも差がありました。

単に大きくなっただけではなく、働き方にも変化がありました。

 

形の変化だけなら、たまたま大きくなったのかもしれません。

細胞内の調整を調べても、水泳群では心筋の成長や働きに関わる経路に別の変化が見えていました。

いくつかのマイクロRNAの発現にも、ランニング群とは違う変化がありました。

ここでは、細胞の働きを細かく調整する小さな仕組み、と受け取っておけば十分です。

外から見た心臓、取り出した筋肉、細胞内の反応。別々の場所から調べても、水泳群の心臓には、運動に合わせた適応と読める変化が重なっていました。

もちろん、これはラットの実験です。

人間にそのまま「走るより泳げ」と貼りつける話ではありません。

水の中では姿勢も、呼吸も、水圧も、筋肉の使われ方も変わります。

 

ランニングシューズを結ぶ朝と、プールの水面に手を入れる夕方。

私たちはどちらも「有酸素運動」と呼びます。

けれど、水泳選手と陸上選手の体つきや動き方が違って見えるように、運動の違いは外から見える部分だけにとどまらないのかもしれません。

足を運ぶピッチ、水の抵抗、呼吸の仕方。

その違いは、胸の内側にも別々の形で届いている可能性があります。

次に「運動」という言葉を聞いたとき、その大きな名前の下に、いくつもの体の返事が隠れているように見えてきます。

 

参考文献:

Yoshizaki, A., Antonio, E.L., Santos, L.D. et al. Swimming is superior to running in inducing physiological cardiac hypertrophy and enhancing myocardial performance. Sci Rep 16, 6592 (2026). https://doi.org/10.1038/s41598-026-36818-2

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。