健康診断の検査項目で、「体力」は測定されません。
まして、認知機能や心の病といった分野とも、あまり結びつけて見られていません。
階段で息が切れた話と、最近気分が沈むという話と、同じことを何度も聞き返すようになった話は、たいてい別の話として片づけられます。
ここでいう体力とは、厳密には心肺持久力のことです。
心肺持久力は、長く動き続けたときに、体がどれくらい上手に酸素を運び、使えるかの指標です。
専門的にはVO2max、つまり最大酸素摂取量などで測ります。
これまでこの指標は、寿命や心血管病のリスクとの関係でよく使われてきました。
持久力の高い人は、長生きしやすく、心血管病も起こしにくい。
ある程度よく知られた話です。
ところが、心肺持久力が予測するのは、寿命や心臓の病気だけではないかもしれません。
うつ病、認知症、精神病性障害。これらはふつう「体力の話」ではなく、「心の話」「脳の話」とされてきました。
2026年に発表されたメタ分析は、9か国の27件のコホート研究、合計400万7638人のデータをまとめたものです。
追跡期間は4年から29年。
研究を始めた時点では精神疾患も認知症もなかった人たちの、その後を長く追っています。
これは「運動をさせたら病気が減ったか」を見る実験ではありません。
もともとの心肺持久力の違いと、その後に表れた心や認知機能の病気との関係を、長い時間の中で照らし合わせた研究です。
持久力の高い人たちは、低い人たちと比べて、うつ病の発症リスクが0.64倍、認知症が0.61倍、精神病性障害が0.71倍でした。
持久力を連続値として見ると、1MET、つまり3.5ml/kg/分の増加ごとに、うつ病が0.95倍、認知症が0.81倍。
区切り方を変えても、測り方を変えても、見える方向はおおむねそろいます。
一方で、不安症については、はっきりした関連は確認されていません。
解釈の入口は1つではありません。
運動が脳の血流を増やすこと、慢性の炎症を抑えること、海馬という記憶に関わる部位の体積を保ちやすくすること、ストレスホルモンの過剰な反応をならすこと。
それぞれ別の研究で確認されてきた経路です。
入口は別ですが、行き先は近い場所にあります。
ただし、エビデンスの確実性は、うつ病と精神病性障害についてはかなり低く、認知症で中程度と評価されています。
観察研究ですから、因果の向きも決まりません。
もともと気分が沈み始めていた人ほど持久力を伸ばしにくかった、という逆向きの可能性も残ります。
著者たちもそこは慎重に書いています。
それでも、心肺持久力という、体育の時間の息切れの感覚に近い指標の中に、将来の気分や記憶に関わる情報が少し含まれているらしいことは見えてきます。
体力という言葉は、筋肉や持久走だけで終わるものではなさそうです。
息がどれくらい続くかを見ることは、心と脳のこれからを考える入口にもなるのかもしれません。
参考文献:
Díaz-Goñi, V., López-Gil, J.F., Rodríguez-Gutiérrez, E. et al. Cardiorespiratory fitness and risk of mental disorders and dementia: a systematic review and meta-analysis. Nat. Mental Health 4, 653–663 (2026). https://doi.org/10.1038/s44220-026-00599-4

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
