コーヒーの味にこだわるほど、豆の産地や焙煎の深さが気になります。
エスプレッソでは、細かく挽いて、タンピングと呼ばれる作業で押し固めた粉に、高い圧力でお湯を通します。
お湯が粉の層を抜ける速さが変われば、成分が溶け出す時間も変わり、風味も変わっていきます。
だからバリスタは、粉の量や挽き目を少しずつ調整します。
それでも、エスプレッソを淹れたことのある人なら、一度は首をかしげる場面があります。
昨日と同じ豆を使った。
挽き目も同じ。
粉の量も変えていない。
タンピングも、少なくとも自分では同じつもりです。
それなのに、今日はなぜか流れが遅い。
あるいは、拍子抜けするほど速い。
まずグラインダーの目盛りをひとつ動かしたくなります。
けれど、粉の層を流れるお湯に関係するのは、目盛りそのものではありません。
押し固められた粉の中にある、通れるすき間、行き止まりの穴、触れる表面、細く曲がった通り道です。
そこでは、豆の産地やプロフィールより先に、圧力、粘性、すき間のつながりによって流れ方が決まります。
研究チームは、この茶色い迷路を調べるために、ルワンダ産のTumbaとコロンビア産のGuayacánという2種類のコーヒーを用意しました。
同じグラインダーで1から11までの挽き目に分け、粉の粒の大きさを測ります。
さらに、粉の詰まった小さな領域をX線CTで3次元的に撮影し、その内部を流体がどう通るかをコンピュータ上で調べました。
味見ではありません。
香りの評価でもありません。
台所の上に、地質学の道具箱が置かれたような研究です。
ここで最初に引っかかるのは、「穴」という言葉です。
粉の中に穴があれば、お湯はそこを通るように思えます。
ところが、コーヒー粒の内側にある小さな穴の多くは、外の通路とつながっていません。
そこに空間はある。けれど、入口から出口へ続いていない。
流れに関わるのは、粒と粒のあいだに残り、端から端まで続いているすき間です。
穴なのに、流れにはほとんど参加しない場所があるのです。
もう1つ、粉の形も効いていました。
丸い粒を前提にした単純な式だけでは、実際のコーヒー粉の通りにくさを十分には扱えません。
粉は球ではなく、砕かれた破片です。
角があり、面があり、粗さがあります。
研究チームは、つながったすき間の割合と、お湯に触れる表面積を組み合わせて、流れやすさを説明するモデルを作りました。
挽き目を変えることは、粒の大きさだけでなく、表面の量や道の細さまで少しずつ変えることでした。
もちろん、この研究だけで、明日の完璧な抽出レシピが手に入るわけではありません。
扱ったコーヒーは2種類で、グラインダーも1種類です。
X線CT用の試料は、実際の抽出のように強くタンピングされたものではありません。
抽出中には、細かい粉が下流側へ移動して目詰まりを起こすこともあります。
お湯を吸った粉がふくらむ可能性もあります。
それでも、次にエスプレッソが昨日より少し遅く落ちてきたら、目盛りだけを見なくなるかもしれません。
カップに落ちる濃い液体は、香りや味になる前に、暗い粉の迷路を通ってきます。
朝の一杯は、30秒ほどの小さな地質調査でもあるのです。
参考文献:
Fabian B. Wadsworth, Jérémie Vasseur, Jingwei Zhang, Katherine J. Dobson, Jonathan Gagné, Hannah M. Buckland, Jason P. Coumans, Michael J. Heap, Anna Theurel, Jackie E. Kendrick, Yan Lavallée, Christopher H. Hendon; A model for the permeability of coffee pucks validated using X-ray computed micro-tomography. R Soc Open Sci. 1 April 2026; 13 (4): 252031. https://doi.org/10.1098/rsos.252031

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
