机の下で電源コードがからまっていると、無性にほどきたくなります。
どこをくぐらせ、どこを引けば元に戻るのか。
結び目とは、目で見て、指で追えば正体がわかるものだと考えがちです。
ところが数学で扱う結び目は、両端がつながった輪として考えられます。
ほどける紐というより、外せそうで外せない知恵の輪に近い。
ほどけない世界では、形だけが変わりつづけます。
見た目が変わっても消えないものだけが、手がかりになります。
2つの結び目は別物なのでしょうか。
それとも、片方をぐにゃりと動かせば、もう片方になるのでしょうか。
見た目は信用できません。
しかも、複雑なからまりには、より複雑で難解な数式を積み上げるしかないと考えたくなります。
数学の奥へ進むほど、道具も重くなるものです。
そう思うのが自然です。
けれど今回の面白さは、まさにその前提が少しずれるところにあります。
数学者たちは長く「不変量」という物差しを使い、結び目を測ってきました。
値が違えば、結び目も違うと判断できます。
けれど見分ける力が強い物差しは計算が不可能に近く、計算が軽い物差しは識別力が低いという壁がありました。
代表的な道具でも、18交点の結び目を個別に見分けられる割合は、Alexander多項式で約11%、Jones多項式で約42%にとどまります。
交差が300回にもなる結び目ともなれば、多くの道具では、実用的な時間で計算することが難しくなります。
ドロール・バーナタンとローランド・ファン・デル・フェーンが選んだ道は、力まかせに数式を振り回すことではありませんでした。
結び目を、1本の高速道路に置き換えたのです。
交差の間には都市があり、車が進みます。
立体交差ではそのまま上を通るか下へ降りるかを確率で選び、さらに車同士がくっついたり分かれたりするルールも加えました。
その条件で車を走らせたとき、どの都市にどれだけ車が流れるかを数えると、からまり方が交通量の偏りとして残ります。
その計算を組み合わせると、複雑な多項式が得られます。
多項式という言葉に、ここで身構える必要はありません。
この先で目に入るのは式の羅列ではないからです。
数字を座標に置き、係数の正負を色に変えて配置すると、画面にQRコード風の六角形の模様が現れます。
2つの結び目で模様が違えば、確実に別物です。
この新しい道具は速いだけでなく、18交点の結び目では97%以上を個別に見分ける強い識別力を示しました。
ただし、この物差しで結び目の世界が終わったわけではありません。
「2ループ多項式」と呼ばれる別の道具と本当に同じものなのかは、まだ証明の途中にあります。
さらに、なぜ交通量の計算が三次元の結び目の性質とここまで深く重なるのか。
その理由のやさしい説明にも、まだ到達していません。
研究者たち自身も、この発見はまだ物語の途中にあると考えています。
「同じ形に見えるか」ではなく、「形を変えても何が残るか」。
その問いに向きが変わったとき、交通量と数式と色の模様が同じ場所で重なります。
車の流れの偏りに、結び目の性質が表れます。
複雑なものを複雑なまま押し返すのではなく、別の経路を通して読み取る。
机の下のからまったコードを見る目は、少し変わります。
解けない厄介ものに見えた塊の中に、まだ読み取られていない幾何学模様が隠れているのかもしれません。
参考文献:
Klarreich E. A powerful new ‘QR code’ untangles math’s knottiest knots. Quanta Magazine. Published April 22, 2026. Accessed May 1, 2026. https://www.quantamagazine.org/a-powerful-new-qr-code-untangles-maths-knottiest-knots-20260422/

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
