脳の重さがほぼ同じなら、中のつくりも似ているはずだと考えたくなります。
ところが、夜に活動する小型のサル、フクロウザル(別名ヨザル)は脳の重さが約15グラム。
見た目はリスに似ていますが、尾が短く、ほとんど目立たない南米のげっ歯類アグーチは約16グラムです。
脳の大きさはほとんど同じです。
それなのに、フクロウザルでは新皮質が広く、アグーチでは嗅覚に関わる領域が大きな割合を占めていました。
同じくらいの脳なのに、どこを広く使うかは違っていました。
脳の進化は、しばしば「古い感情の脳」と「新しい理性の脳」という物語で語られてきました。
けれども、その分け方だけでは、つじつまの合わない事実があります。
哺乳類では、脳全体が大きくなると、多くの部位もそろって大きくなります。
しかし割合で見ると、嗅覚系が大きい種では新皮質(大脳の表面に広がる領域)が小さく、新皮質が大きい種では嗅覚系が小さくなります。
一方で、嗅覚系と海馬(記憶に深く関わる領域)は同じように大きくなります。
視覚や触覚、聴覚では、世界の並びがそのまま手がかりになります。
目に映るもの、皮膚に触れるもの、音の高さの並びは、近いもの同士を近くに置くと扱いやすくなります。
これに対して、匂いや記憶では、離れた手がかりが一気につながります。
ある匂いが、場所や人や時間を連れてくるように、そこでは整った地図とは別の整理が働いています。
どの動物の脳が優れているかではなく、限られた場所を、どの情報の処理に多く使っているのか。
部位の名前から少し離れ、情報の扱い方に目を移すと、この配分の違いが見えてきます。
研究では、まず哺乳類182種の脳容積データを集め、新皮質、嗅覚系、海馬、扁桃体などの相対的な大きさを比較しました。
次に、視覚、触覚、聴覚、嗅覚、関係記憶を扱う人工ニューラルネットワークを調べました。
人工ニューラルネットワークとは、脳の働き方から着想を得た計算モデルです。
それぞれのモデルで、情報が二次元の面にどのように並ぶかを見ました。
さらに、視覚を重視する条件と嗅覚を重視する条件を変え、限られた計算資源の使われ方も調べました。
182種の比較では、嗅覚系が相対的に大きい種ほど新皮質は小さく、新皮質が大きい種ほど嗅覚系は小さくなる関係が確認されました。
嗅覚系と海馬は、逆ではなく、同じように大きくなる傾向がありました。
人工ニューラルネットワークでも、同じ分かれ方が現れます。
視覚、触覚、聴覚では、近い情報が近くに置かれる整った配置になりました。
嗅覚と関係記憶では、情報は細かく散らばり、離れた場所どうしを広く結ぶ配置になりました。
進化の過程をまねた計算でも、嗅覚側を広げると記憶側も広がり、視覚側は小さくなりました。
脳の進化は、機能を次々と足してきた道のりとして見るだけでは足りません。
見える世界や触れる世界を扱うには、隣同士の関係を保つ整理が向いています。
匂いや記憶を扱うには、遠く離れた手がかりを結びつける整理が向いています。
能力が増えるとは、ただ容量が増すことではありません。
限られた場所を、どちらの情報整理に多く使うか。
その配分の違いが、進化の中で形を変えてきたのでしょう。
脳は、二つの計算様式のあいだで場所を分け合いながら、それぞれの動物の世界に合う形をとってきたのかもしれません。
もちろん、この研究は哺乳類の大きな脳構造を見たものであり、個人の日々の学習や注意力をそのまま説明するものではありません。
AIモデルも脳そのものではなく、情報の性質に合った並べ方を調べるための道具です。
それでも、匂いで昔の場所を思い出すとき、その記憶は整った地図の上を順番に戻ってくるわけではありません。
雨の日の廊下、古い台所、誰かの服に残った洗剤の匂い。
離れた手がかりが、離れたまま結びつく。
脳の中では、きれいに並ぶこととは別の仕方で、昔の世界が残っているのかもしれません。
参考文献:
Imam N, Kielo M, Trude BM, Finlay BL. Dual computational systems in the development and evolution of mammalian brains. Sci Adv. 2026;12(17):eaec6112. doi:10.1126/sciadv.aec6112

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化とYouTube化してみました。あわせてお楽しみください。
