昼食を一人で済ませる日があります。
スマホを見ながら弁当のふたを開け、食べたことは覚えていても、どんな時間だったかはあまり覚えていない。
別の日には、誰かと同じ机につき、同じ弁当を前にして、短い会話を交わす。
食事は同じでも、あとに残る感覚は少し違います。
人とのつながりが幸福感や健康と関係することは、これまで多くの研究で確かめられてきました。
ただし、「孤独ですか」「親しい人はいますか」と尋ねる方法には難しさがあります。
孤独という言葉の重さは、人によっても文化によっても変わります。
ある人の「孤独」と別の人の「孤独」は、同じ目盛りに乗っているとは限りません。
そこで研究者たちは、気持ちを直接たずねる前に、もっと具体的な行動を数えました。
過去7日間に、昼食や夕食を知っている誰かと何回食べたか、という行動です。
この研究が確かめようとしたのは、共食の頻度が主観的幸福感、つまり本人が感じる生活の満足や感情とどの程度結びついているかでした。
ただし、この関係は因果関係をそのまま表すものではありません。
幸福な人ほど人と食べやすいのか、人と食べることで気分が上向くのか、その両方なのか。
因果の向きはまだ決められていません。
研究者たちが見たのは、幸福感の差が、食卓という具体的な行動にどれほど表れるかでした。
研究では二つの大きなデータが使われました。
ひとつは、2022〜2023年のGallup World Pollで、142カ国・地域の15万人以上に、過去7日間に昼食や夕食を知っている人と何日食べたかを尋ねたものです。
もうひとつは、米国のAmerican Time Use Surveyで、2003〜2023年に人々が食事を一人でとったか、誰かととったかを追ったものです。
幸福感は、人生評価、楽しい感情、不安や悲しみなどで測られました。
国際比較と時間の変化を、別々のデータで見ています。
世界全体では、誰かと食べる回数が多い人ほど、人生評価が高く、前向きな感情も多く、否定的な感情は少ない傾向がありました。
過去1週間に一度も誰とも食べなかった人の人生評価は平均4.9点、一度でも誰かと食べた人は5.2点でした。
ここで別の説明が出てきます。
人と食べる人は、そもそも収入が高く、家族が多く、食料にも困っていないだけかもしれません。
研究チームは、年齢、性別、世帯人数、教育、所得、雇用状態、食料を買う余裕などを考慮して分析しました。
それでも、共食の回数と幸福感の関係は残りました。
国際比較だけでは、文化差や地域差の影響がまだ残ります。
そこで米国の20年分の時間調査を見ると、別の角度から同じ関係が確認できます。
一人で食べる人は2003年以降増え続け、2023年には成人の約4人に1人が、前日のすべての食事を一人でとっていました。
しかも高齢者だけの話ではありません。
18〜24歳では、2003年と比べて一人で食べる割合が約90%増えていました。
さらに、前日に少なくとも一度は誰かと食べた人は、一人で食べた人より幸福感が高く、悲しみ、痛み、ストレスは低い傾向にありました。
この研究には限界があります。
食事の相手との関係の質、会話の中身、食事の場の雰囲気までは十分に見ていません。
けれど、心の状態を心の言葉だけで測るのではなく、生活の形として見る視点は残ります。
誰かと同じ時間に食べることは、ごちそうでも行事でもありません。
それでも、その回数には、人との接点が生活の中にどれだけ残っているかが表れます。
これまで一人の食事は、効率や気楽さとして片づけられてきました。
この研究を読んだあとでは、食べたものだけでなく、誰と食べた時間だったかも、生活の記録として少し違って見えてきます。
昨日の昼食は、空腹を満たしただけではなかった可能性があります。
参考文献:
De Neve, JE., Dugan, A., Kaats, M. et al. Sharing meals is associated with greater wellbeing. Sci Rep (2026). https://doi.org/10.1038/s41598-026-46771-9

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
