学会の午後2時すぎ。
ランチョンセミナーでしっかり食べたあとの、最初のセッション。
人類が最も眠くなる時間帯です。
スライドは6枚目、グラフは縦軸も横軸も正しく、色分けも完璧で、そして誰も聞いていません。
聴衆の目は開いていますが、魂はすでに消化活動に専念しています。
ここで発表者がぽろっと軽口を言うと、部屋が一瞬で息を吹き返す——ことが、たまにあります。
たまに、です。
たいていは、誰かが乾いた笑いを1つ返して、また魂は消化活動に戻ります。
この「たまに」と「たいてい」の落差を、8人の生物学者たちが本気で数えに行きました。
数えたのは、2022年から2024年までの国際的な生物学系の学会14件、発表531件、冗談870個。
彼らは聴衆席に座り、学会を楽しむふりをして、ひそかに「いまのは冗談」「中くらいウケた」「滑った」とカウントしていました。
科学者というのは、本当に何でもデータにする人たちです。
所属はイタリア、フィンランド、スペイン、南アフリカ、イスラエル、アメリカなど。
8人のうち英語を母語とするのは1人か2人で、大半は自分の第二言語で冗談を言っては滑ってきた経験を、たぶん人生で何百回と積んでいる人たちです。
ある日「これはもう数えるしかない」と決意した人たちが集まった、ということになります。
動機は切実です。
発表の4割あまりは冗談がゼロ。
冗談があっても中央値は1つだけ。
会場全体が笑う場面は1割にも届きませんでした。
冗談を言える位置も冒頭と終盤に偏り、本体の部分はほぼ無音地帯。
若手は先輩から「真ん中で冗談はやめておけ」と助言されていました。
学会における笑いは、保護区で細々と暮らす希少生物のようです。
著者たちは、どの種類の冗談がウケるかを丁寧に調べました。
自分の失敗ネタ、研究者あるある、内輪話、映画や音楽の引用、身振り、スライド、口頭。
全部、差が出ませんでした。
経験の長さも関係ありませんでした。
学生も、中堅も、ベテランも、ウケる確率は変わらない。
「年の功」というものは、こと学会の冗談においては存在しません。
ベテランの先生方、残念です。
代わりに効いていたのは、話者の属性でした。
男性の話者は、女性より1発表あたり約0.35個多く冗談を言い、その冗談がウケる確率は約9%高い。
英語を母語とする話者は、約10%高い。
中身でも経験でもなく、誰が言ったかのほうが、会場の反応を決めていました。
同じ冗談でも、言う人が変わると部屋の反応が変わる。
学会の会場というのは、冗談の品質検査所ではなく、「この人の冗談なら笑ってもよい」という許可証の発行所だったようです。
この結果を前にして、著者たちは控えめに書いています。
非ネイティブは冗談を控えろ、とは言いません。
むしろ逆で、それでも冗談は言おう、と書いています。
問題は冗談を言う側ではなく、誰の冗談に笑ってよいかを先に決めている聴衆の側にある、という立場です。
学会で自分の冗談が滑ってきた人たちが、滑った原因を自分の英語力のせいにしないで、部屋の構造のせいに仕立て直した。
科学者はこういうとき、本当に強いです。
次にどこかの会議室で誰かが冗談を言って、会場が笑ったり笑わなかったりしたとき、その笑いが誰に返って、誰をスルーしていったのか、一拍だけ考えたくなります。
ちなみに、この文章の冗談がもしスルーされていたとしたら、それは冗談の中身ではなく、書き手の属性のせいかもしれません。
学術的に。
参考文献:
Mammola S, Fontaneto D, Santangeli A, et al. Statistically significant chuckles: who is using humour at scientific conferences?. Proc Biol Sci. 2026;293(2067):20253000. doi:10.1098/rspb.2025.3000

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
