穏やかで誰にでも優しい友人が、特定の相手にだけ、ひどく冷たい言葉を放つ瞬間を見たときの、あの戸惑い。
普段の温厚な姿からは想像もつかないような険しい表情。
そういう時、私たちはどちらが本当の姿なのだろうと考えます。
優しく平和的な性格と、好戦的で激しい性格。
私たちはこの二つを、決して混じり合わない正反対のものだと信じています。
チンパンジーは荒っぽく、ボノボはおとなしい。
この分け方は、長いあいだ広く受け入れられてきました。
ボノボでは、穏やかなオスが選ばれ続けたために、種全体の攻撃性が弱まってきたのではないか。
そんな考えまで語られてきました。
ところが野生の観察が積み重なるうちに、この図式にきれいに収まらない場面が出てきます。
ある地域では、ボノボのオスのほうが、チンパンジーのオスよりずっと高い頻度で争っていたのです。
おとなしいはずの種で、なぜそんなことが起きるのか。
舞台になったのは、アフリカの森ではなく、ヨーロッパの動物園でした。
森の広さも、食べ物の量も、周囲の危険も違う野生では、種の差と環境の差がからまりやすいからです。
研究者たちは16施設で暮らす22集団を追いました。
チンパンジー9集団101頭、ボノボ13集団88頭。
2011年から2024年まで、威嚇、追い払い、噛む、叩く、蹴るといった行動を、同じ基準で記録していきました。
集まった攻撃行動は3243件、そのうち1193件は体が触れるものでした。
集団の大きさやオスとメスの比率の違いは、あとで統計的にならしています。
ここでまず崩れたのが、「おとなしい種」と「荒っぽい種」という前提でした。
攻撃全体の回数を見ても、体が触れる攻撃だけを数えても、二つの種のあいだに、はっきりした差は出ませんでした。
少なくとも群れの中のやりとりに限れば、ボノボだけを一段おとなしい種として扱うことはできなかったのです。
ただ、怒りの向かう先は同じではありませんでした。
チンパンジーでは、オスからメスへの攻撃が強く出ます。
ボノボでは逆に、メスからオスへの攻撃が目立ちました。
オス同士、メス同士の争いには、大きな差はあまり見えませんでした。
しかも、攻撃が多い集団にも少ない集団にも、チンパンジーとボノボの両方が入っていました。
種の違いだけでは、その社会の空気は決まらなかったのです。
この研究が見せたのは、攻撃性の量だけを見ていると、大事なものを取りこぼすということです。
群れの中では、攻撃が消えていたわけではありませんでした。
どこに届くかが違っていたのです。
そこに、それぞれの集団の力関係が浮かびます。
もちろん、動物園での観察なので、野生で見られる縄張り争いや群れどうしの衝突は入っていません。
それでも、条件をそろえた場所だったからこそ、毎日の関係の癖は、かえって見えやすくなっていました。
冒頭の友人の話に戻ります。
あの人は温厚なのか、攻撃的なのか。
その問いは、間違いではないけれど、それだけでは足りないのかもしれません。
怒りの量だけでは、関係の形は見えてきません。
誰に向かうのか。
その届け先のほうに、その人が生きている関係の輪郭が出ることがあります。
参考文献:
Bryon E, Roth TS, Torfs JRR, Eens M, van Leeuwen EJC, Staes N. Chimpanzees are not more aggressive than bonobos but target sexes differently. Sci Adv. 2026;12(11):eadz2433. doi:10.1126/sciadv.adz2433

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
