子どもは、くすぐられる前から笑うことがあります。
指が近づいただけで、もう顔がゆるみます。
追いかけられる前ぶれだけで、声を立てて笑うこともあります。
面白い出来事が起きたから笑う、という説明だけでは足りません。
この人なら大丈夫だという感じが、笑いの前にもう始まっているように見えます。
親子の絆の研究は、長いあいだ「子どもが泣いたとき、親がどう応じるか」を中心に進んできました。
もちろん、それはとても大切です。
ただ、子どもが親に近づこうとするのは、不安なときだけではありません。
楽しい時間の中でも、子どもは親との距離を確かめています。
この研究は、その見落とされやすい明るい場面を、母親だけでなく父親も含めて調べました。
研究者が知りたかったのは、父親と母親がどんなやり方で子どもを笑わせるのか、そしてその笑いが、親を安心できるよりどころとして頼れる感じとどう結びつくのか、という点でした。
対象は3〜5歳の子ども144人とその父母です。
親子はおもちゃのない部屋に入り、親は2分間、子どもを笑わせるよう求められました。
そのあと、親子はいったん離れ、また会います。
研究者はその再会の様子から、愛着の安定さを見ました。
母子と父子は別の日に調べられ、間はおよそ6か月あいていました。
方法は単純ですが、そのぶん、親のふるまいが見えやすい形です。
親の笑わせ方は、大きく二つに分かれました。
一つは、くすぐる、持ち上げる、追いかける前ぶれを見せるなどの「ふれる型」です。
もう一つは、変な顔、体の動き、歌、声の調子、意外な言い方などを使う「動きと音の型」でした。
子どもが母親と父親のどちらで多く笑うかには、大きな差はありませんでした。
そして、ふれる型は母子でも父子でも、はっきり笑いにつながっていました。
違いが出たのは、その先です。
父子では、動きと音の型も笑いにつながっていました。
しかも、父親とよく笑い合う子ほど、父親との愛着も安定していました。
父親は、少し意表をつく声や動き、言葉のずらし方で子どもを笑わせることが多かったのです。
いっぽう母子では、笑いそのものと愛着は直接つながっていませんでした。
その代わり、歌や表情、体の動きを使った関わり方が、愛着の安定さと結びついていました。
似たように笑わせていても、その笑いが親子関係の中で受け持つ役目は、父親と母親で少し違っていたのです。
ここから見えてくるのは、親子の近さには一つの道しかないわけではない、ということです。
父親との関係では、少し先の読めない遊びの中で、それでも安心して笑えることが土台の一部になっているのかもしれません。
母親との関係では、よく知った歌や表情や動きの中で、気持ちが合うことが土台になっているのかもしれません。
ただし、この研究は比較的生活の安定した家庭が中心で、実験室での短いやりとりを見たものです。
一度の観察なので、原因と結果を言い切ることはできません。
けれど、子育てを考えるときに「泣いたときにどうするか」だけでなく、「どんなふうに一緒に笑っているか」を見る意味は、かなり大きいように思えます。
子どもは、冗談の意味を考えたあとで笑っているわけではないのかもしれません。
先にあるのは、「この人の前では身をこわばらせなくていい」という感じです。
笑いは、面白さへの反応であると同時に、安心が体からこぼれた合図でもあるのでしょう。
同じ冗談でも、相手によって笑えたり笑えなかったりする私たちの反応も、その遠い続きにあるのかもしれません。
参考文献:
Schmiedel S, Bureau JF, Turgeon J, Deneault AA, Gauthier AJ. How fathers and mothers make their children laugh: Associations with the security of parent-child attachment relationships. J Exp Child Psychol. 2026;264:106441. doi:10.1016/j.jecp.2025.106441

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
