地層の境界は、一本の線として描かれます。
白亜紀と古第三紀の境目も、崖の断面では薄い層として現れ、「ここで時代が切り替わった」と説明されます。
その線は便利で、理解もしやすい。
けれど自然が、その線を知っているかどうかは別の話です。
デンマーク東部のステヴンスクリントは、その食い違いを目で確かめられる場所です。
アンモナイトは白亜紀末で絶滅した、と長く教えられてきました。
巨大隕石の衝突とともに、海の主役が一気に姿を消したという物語です。
しかし境界の「上」の地層からアンモナイトが見つかる例が報告されるたび、この物語には注釈が付きました。
それは本当に生き残りなのか、それとも古い化石が崩れて混ざっただけなのか。
ステヴンスクリントは地形が複雑で、混ざり込みが起きやすい条件もそろっています。
今回の研究が向き合ったのは、アンモナイトの数ではありません。
焦点は、化石がどう入っているかです。
境界直後に堆積した石灰岩(セリシウム石灰岩部層)の中の個体が、その場で生きていたのか、白亜紀の地層から運ばれてきたのかを、化石がどんな状態で埋まっているか(割れ方や向き、周囲との関係)と岩石の性質から見分けようとしました。
終わりを一瞬と決めてきた理解が、どこまで耐えられるかを確かめる試みです。
研究者たちは二つの地点から、セリシウム石灰岩に含まれるアンモナイトを集め、岩石を薄くして中身を比べました。
粒の種類や割合、殻の傷み方や付着物を手がかりに、混入の道筋があるかを検討します。
ここで重要なのは、境界後の石灰岩が一様ではないことでした。
同じ名前の層でも、場所によって性格が違うのです。
観察から見えてきたのは、二つの顔でした。
シゲルスレウでは、アンモナイトがその層の住民として埋もれたと考える方が自然な状況が続きます。
もし大量の古い物質が崩れ込んだなら、壊れにくい殻を持つ白亜紀由来の化石が目立つはずですが、そうはなっていません。
一方、ルーズヴィの最下部では、再堆積と解釈しやすい層があり、そこからの個体は混入の説明が合います。
境界後に見えるアンモナイトは、一括りにできない存在でした。
では、どれほど生き延びたのでしょうか。
シゲルスレウの層序は、境界から約6.8万年ほど後の時期にあたります。
人の感覚では一瞬に近いが、自然史としては無視できない長さです。
しかも、境界後の石灰岩の上部は侵食で欠けており、どこまで続いたかの上限は見えません。
それでも、「即座に消えた」という像は、この地点では成り立ちにくくなります。
アンモナイトは、衝撃を受けてもなお、短い時間を生きた可能性が高いのです。
この研究が投げかけるのは、アンモナイトの生死以上の問題です。
境界線は自然の側に引かれているようで、実は理解の側に引かれている。
出来事を整理するために線を引くと、世界はすっきりしますが、その線の周辺に残る時間の幅は見えにくくなります。
絶滅は一瞬だった、という言い切りは、理解を助ける代わりに、過程を切り落としてきました。
ステヴンスクリントの崖は、終わりが必ずしも点ではないことを示します。
消えかけの種が、次の時代にわずかな足場を残すことがある。
終わりをどこで区切るかは、自然の都合だけでなく、私たちが世界をどう単純化したいかにも左右されます。
境界線は、引いた瞬間から問い返され続ける線なのかもしれません。
参考文献:
Machalski, M., Olszewska-Nejbert, D., Landman, N.H. et al. Ammonite survival across the Cretaceous–Paleogene boundary confirmed by new data from Denmark. Sci Rep 15, 45802 (2025). https://doi.org/10.1038/s41598-025-34479-1

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
