月末に思うこと

 

いつの間にか8月も今日で終わりです。

明日から9月になりますね。

 

毎月、月末になると振り返ることがあります。

スタッフ一人ひとりに対する私自身の振り返りです。

たとえば以下のことを思いはかっていきます。

 

・不満はないだろうか。あるとしたら何だろうか。

・逆に、現状に満足して、怠慢に陥ってはいないか。

・心に恐怖を抱いていないか。抱いているとしたら恐怖の対象はなんだろうか。

・やる気をそがれていないか。重たい空気を背負ってはいないか。

・ニヒリズムに陥っていないか。

・やりたい放題していないか。注意はしてきたか。

・依存の状況に浸かってはいないか。自主的なはたらきを発揮しているか。

・身体の健康状態はどうか。

・その人がつくっている人間関係はどうか。

・態度、行動、雰囲気はどうか。

 

どの社会、どの職場でもそうでしょうが、私たち医療者は

(周りの社会からは“良い人の集団”に見えるかも知れませんが)

決して「人間関係に波風を立てないこと」をテーマにしているわけではありません。

 

目的を支えるのが手段ですし

目的や目標を見失ってはいけないと思っています。

 

その目的を表しているのが「クリニックの理念」ですね。

 

 

こんなクリニックがあったらいいとは思いませんか?

 

スタッフ一人ひとりがよく話を聞いてくれて、不安な気持ちが癒される

患者とスタッフ一人ひとりが深い信頼の絆で結ばれている

そこに行けば元気になり、未来に希望が見えてくる

スタッフ一人ひとりに夢や願いがあり、元気に生き生きと働いている

最高・最適の医療を提供するため、スタッフ一人ひとりが最新の医療を学び続けている

 

わたし達の合い言葉(モットー)は 「いつでも どこでも その人らしく」

その前提になるのは「医療者である前にひとりの人間として」

 

「大事なものは、たいてい面倒くさい」

 

8月26日にたまたまつけたテレビで、宮崎駿監督のドキュメントをしていました。

NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』のスペシャルです。

 

作品を生み出すまでの監督自身の想いや苦悩、周りの方々の想いも垣間見ることができて

やはり、いろいろと考えさせられました。

 

今回、番組が取り上げた監督の言葉が

『大事なものは、たいてい面倒くさい』

 

番組ホームページに監督の言葉がこう続きます。

 

「面倒くさいっていう自分の気持ちとの戦いなんだよ。

何が面倒くさいって究極に面倒くさいよね。

『面倒くさかったらやめれば?』 『うるせえな』って、そういうことになる。

世の中の大事なことってたいてい面倒くさいんだよ。

面倒くさくないところで生きていると、面倒くさいのはうらやましいなと思うんです。」

 

生き物として生きるということは、苦しい・痛い・危険を遠ざけながら

安楽・安全を求めていくことだと言います。

種の保存本能がそうさせているのです。

人類種は、そうやって生き延びてきたはずです。

 

ただ、人として「生きる」ということ

実感をもって大切に生きるということは

それこそ大事なことを、切実に、コツコツと実行し続けることに尽きるのだと思います。

 

大事なことに蓋をしない。

感覚を鈍らせてまで面倒くさいことに気づかないふりをしない。

あえて面倒くさい道を選択していく。

そこに自分の大事なものがある。

 

 

深い言葉ですね。

自分に言われているような気がしますものね。

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「医師が1人で診る適正な透析患者数について」  文献から

 

透析医としては、考えさせられる論文が発表されていました。

 

腎臓内科医が担当する血液透析患者数とその治療成績について(都市部における調査)

Nephrologist Caseload and Hemodialysis Patient Survival in an Urban Cohort

Harley KT, et al. J Am Soc Nephrol. 2013 Aug 8.

 

アメリカのカリフォルニア州都市部の調査です。

2001年から2007年までの間、腎臓専門医41人の治療を受けている透析患者さんについて調べました。

 

今回の研究は、医師が担当している患者数とその透析治療成績を、生存率で評価しました。

 

調査では、医師が1人で担当している患者数は50人から200人の幅があったようです。

 

それで担当患者数が少ない医師の方が、治療成績が有意に良かったらしいのです。

担当する患者が50人増えるごとに、患者の死亡リスクが2%高まったとも言っています。

 

この研究では、「なぜそうなのか」や「因果関係」については言及していません。

 

ただし、「医師が担当する患者数には適正な比率が存在する」という問題提議をしてくれたのだと思います。

それは医師だけでなく、透析スタッフの適正な配置数にも言えることでしょう。

 

それにしても、1人で200人の患者さんを診ているドクターがいるというのはすごいですね。

ドクターの複数担当制を敷いている施設が多いとは思うのですが。

 

 

医療支援アプリ

 

スマートフォンが普及するととともに、たくさんの医療アプリが出ているようです。

情けない話ですが、この分野では医療者は(少なくとも私は)情報が遅れがちなんですよね。

患者さんがアプリを駆使して自己管理の成果をあげているのをみると

「何ですか、それ。見せて見せて。」と素人みたいな顔をして教えてもらいます。

あ、そうか。アプリに関しては素人と言ってもいいですね(笑)

 

なかでも糖尿病管理の支援アプリを活用している方がいらっしゃって、感心していました。

毎日の血糖管理やインスリンの記録、症状の記録も記入できます。

プリントアウトして私たちと共有することもできますし

スマートフォンは毎日いつもそばにあるものですから、便利ですね。

ライフパレット

一例として、ライフパレット ダイアベティスというアプリがありましたので、紹介します。

(画像にリンクを貼りました)

 

こういう医療支援アプリがどんどん増えてくることを期待しています。

 

 

 

 

「たつのこたろう」

 

子どもたちと仮面ライダー電王の話をしていて、愕然としたことがあります。

 

電王では味方の複数のイマジンの力を借りて変身するのですが

変身後には、そのイマジンの特徴が表れたフォームになります。

(電王のお話は今さらという感もありますし、私が説明するのも変な感じがしますが…)

 

主人公である野上良太郎に憑依していたイマジンが以下の通りです。

モモタロス

ウラタロス

キンタロス

リュウタロス

 

ジーク

 

ジークを除く上の4人のイマジンがほぼレギュラーなのですが

これらのイマジンはお察しの通り、日本の昔話に出てくる「~太郎」がモチーフになっています。

桃太郎

浦島太郎

金太郎

 

子どもたちと話していると、さて「リュウタロス」のもとネタが何だかわからないと言い出してきました。

「『リュウタロス』は 『竜』 だから 『たつのこたろう』 でしょう。」

「たつのこたろう? 知らない。」

「え? 『まんが日本むかし話』 のオープニングに出てくる竜に乗っている男の子、あれ知らない?」

 

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図はamazon.co.jpのホームページから

 

もしかして、子どもたちが知らなかったのは、桃太郎や浦島太郎と違って

松谷みよ子さんが民話をもとに創作したものだからなのでしょうか。

 

  たつのこたろう (講談社の創作絵本) 松谷 みよ子 (著)

 

子ども達との認知度の差に、少々愕然としていました。

 

 

アンペルマン好きの娘

 

次女が最近はまっているものがあります。

それはアンパンマン!じゃなくて

「アンペルマン」

 

ANPELMANN JAPAN のサイトがありますから、貼っておきますね。

どんなデザインなのかというのは詳しくはそこをご覧ください。

頭でっかちのとてもかわいらしい「歩行者」です。

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アンペルマンって何?に詳しくありますが

旧・東ドイツ時代に誕生した、「歩行者用信号機」のシンボルです。

 

1961年生まれというのですから、すごく先進的な試みだったのだと思います。

交通心理学者のカール・ペグラウという方が生みの親。

 

信号機として優れているのは、進行と停止の意味を

青と赤だけでなく、表情や身振りなどで絵文字として誰でも理解しやすい点にあるのだと言います。

 

現代においても、通せんぼするようなジェスチャーのシルエットなど

かなり優れたデザインではないでしょうか。

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そのアンペルマンも、ドイツ統一の時に旧東ドイツのデザインなど文化的なものが消えていったなかで

撤去されて西ドイツの信号機にどんどん置き換えられていったそうです。

 

面白いと思ったのは、このデザインに親しんでいた市民が

「アンペルマンを救え」という救済運動を起こしたことです。

 

1997年に実を結び、撤去されていたアンペルマンの信号機が再びベルリンの交差点に復活したということでした。

 

 

生活に密着したもの、そのデザイン。

アンペルマン救済運動は文化復興運動だったのでしょうね。

 

 

風邪のひきはじめにヒトは優しくなる?

 

かなり以前読んだ本に「パラサイト・イヴ」(瀬名秀明著)があります。

 

リチャード・ドーキンス博士の利己的遺伝子説

「生物は遺伝子によって利用される“乗り物”に過ぎない」

をモチーフにしたホラー小説でした。

 

 

細胞の中の小器官であるミトコンドリア。

そのミトコンドリアのDNAは、実は細胞の核DNAとは別にあります。

ミトコンドリアのDNAを中心にすえると、そのDNAはミトコンドリアを“乗り物”にしていて

さらに細胞、もっと言えば生き物を“乗り物”にしていることになるというものです。

ミトコンドリアDNAが意思を持ち、“乗り物”である生き物を操作、操縦することができたらという発想で生まれたホラー物語でした。

 

生物の進化論など、科学的な要素も入れ込みながら発想が面白く、当時興奮しながら読んだことを思い出します。

 

なぜ「パラサイト・イヴ」の話を持ち出したかというと、こんな言葉にぶつかったからです。

「風邪の引き初めには人は優しくなる。それは病原体が感染率を高めるためである。」

 

ちょっと素通りしかけて「ん?」と思いました。

風邪を引いた人に(特に家族に)優しくしてあげるのは普通の行為ですね。

でも、これは風邪を引いてしまった側のことを言っているようです。

 

例えばちょっと気難しくて普段は人を寄せ付けない人でも、病原体が人を操作して優しい雰囲気を出してしまう。

周りの警戒心を解いて人を寄せて、風邪の感染率を高める。

…なるほど。面白い説ですね。

 

なんだか、そう言えば…と思い当たるシーンもなくはないかなあ。

だけど風邪の引き初めって、体もだるいし、あまり考えたくもないし

自重するし、確かに攻めないですから。

そういう雰囲気を「優しくなる」と言っているだけのような気もしますが…。

 

ただし、この10年間で人間の体内外に生息する微生物集団やウイルスに対する考え方が変わってきています。

「微生物集団は私たちの体の一部である。」というものです。

 

総称してヒトミクロビオームと呼ばれています。

ヒトの体内には多くの微生物が共生していて、実に細胞の90%は微生物なのです。

腸内だけでも1,000種もの微生物が生息しているといわれているのです。

 

例えば、時々野菜を食べたくなったり肉を食べたくなったり。

自分の脳が感じた食欲だと思っていたものが、実は腸内細菌からの指令かも知れない。

「肉足りないぞぉ。肉喰え~。」とか。

宿主に対して焼肉屋に向かわせる信号を送っているかも知れない。

そんな説も出てくるかも知れませんね。

(まっさきに食欲を抑えられない人の言い訳に使われそうです(笑))

 

 

 

 

高尿酸血症といわれたら

 

健診で異常を指摘されながら、医療機関を受診することなく

「別にいいかなー。痛くも痒くもないし。」

とそのままにしがちなものに「尿酸値」があるかも知れませんね。

 

痛風は怖いけど、痛風が起きるほどではないみたいだから多少尿酸が高くてもいいんじゃない?

そういう気持ちもあるのでしょうか。

世間では痛風の認知度と高尿酸血症のリスクの認知度にギャップがあるのかも知れないと思います。

 

ご存じのように尿酸値が高いままだと

痛風になって時々発作を起こしては激しい痛みに苦しむことになります。

その痛みたるや、大の男が動けなくなって仕事を休むほどです。

あんなに痛いのに、仕事場では「痛風がまた出たって?」と笑われますし

「痛風持ちなのに、あんなにビール飲むからさあ」と生活態度まで注意されてしまいます。

痛風に対する理解は、その痛みに比例するように社会に浸透してきたように思います。

 

それでは、尿酸値はどうでしょうか?

そもそも、尿酸値が高いと(痛風以外に)何がいけないのでしょうか。

尿酸値が高いと、高血圧の発症や心臓病、腎機能障害の発症リスクを高めてしまうことがわかっています。

下のグラフは横軸が尿酸値、縦軸が腎疾患発症のリスクを表しています。

上向きになればなるほど、腎疾患の発症リスクが高まってしまうことがわかります。

男性と女性でもリスクの度合いが違いますし、高血圧があるかないかでも違いがあります。

 

尿酸値の腎疾患発症リスク

Am J Kidney Dis 47:51-59 2006

 

逆に尿酸値を下げると血圧も下がることがわかっていますし、腎機能の悪化を防ぐこともわかっています。

 

せっかくの予防のチャンスです。

尿酸値が高いままにしておくのは、やはり良くないですよ。

 

「ドアノブ・クエスチョン」

 

「ドアノブ・クエスチョン」という言葉があります。

 

医師が診察の終了間際に「ほかに何か気になることはありませんか?」と確かめることを言います。

 

また、次のような場面のことを言うこともあるようです。

患者さんがその日、本当に気になることをどう切り出して良いか迷ってしまって

(言い出しにくいことってありますよね。)

診察が終わってしまいました。

「○○さん。お薬を出しておきますね。カルテをまとめますから待合室でお待ちいただけますか?」

「…はい。」

離室を促され、一度は椅子から立ち上がってはみたものの、やはり目的を達していないことに意を決して

「先生、あの…」

診察終了間際になって、やっと不安になっている原因を初めてお話しするという場面です。

 

その時は、きちんとお訊きしていなかったことを詫びて

もう一度椅子に座ってお話してもらうようにしています。

 

特に頑強そうに見える男性ほど、風邪の症状でいらした時には

「ほかに心配になられていることはないですか?」

とお聞きすると、風邪以外に気にかかっていることをお話してくださることが多いものです。

 

数年前から指摘されていながらそのままにしている検診の異常が、今回の症状を引き起こしたかも知れないとか

あるいは、数日後に控えている仕事上の大切な取引を自分の体調不良で台無しにするわけにはいかないとか。

高齢で体力のない家族にうつすわけにはいかないとか。

 

「風邪」に対して、いろいろな市販薬がある世の中だからこそ

「風邪」でクリニックに受診される人々の想いもそれぞれです。

 

先日、つい時間に追われ「気になることはありませんか?」という「ドアノブ・クエスチョン」を怠ってしまうことがありました。

その患者さんが診察室を出る間際に (まさしくドアに手をかけようとするときに)

「先生、ガンってことはないですよね?」

と言われました。

はっとしました。

お聞きすると、親戚にガンの方がいて、自分もそれが気になって不眠がちとのことでした。

 

やはり、言い出しにくいことを言ってもらうこちら側の態度が必要なのだと反省しました。

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クリニックの問診票には一番最後の質問に

「病気に関することで、一番心配していることは何ですか?」という項目があります。

 

口に出しづらいこともぜひ一言お知らせしていただけたらと思います。

 

 

「だれかにもたれ だれかをささえ 人は立っている」

 

 

知り合いの方から、クリニックの開業祝いとしていただきました。

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実はお会いしたこともなく、だいぶ遅れて私たちの手元に届いたものです。

(実は頂いたことさえ知らないものでした。)

 

手先の器用な方のようで、ひょうたんや竹、栗を加工して作り上げたようです。

内側に、相田みつをさんの詩が書き記されてあります。

 

きっとオリジナルの作品を真似ているのでしょうね。

心動かされた感動をそのままお伝えしたかったのでしょう。

 

相田みつをさんの雰囲気を再現していると思います。

 

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だれかに

 もたれ

だれかを

 ささえ

人は立っている

胸のあたり

ふっとあたたかい

 

 

相田みつをさんの詩は、いつも心が温かくなります。