診察室にいて思うこと。
私は人間関係に苦しむ人のそばにいる同伴者でいたいと願っています。
今までの人生を振り返ると、恐らくそれは私の役目のうちのひとつなのだと思っているからです。
人間関係がうまくいかないと思っている人の中には、自分がダメで、いたらないからだと責める人がいます。
でも、客観的に見て決してそんなことはないんですよね。
まだしっかり歩けていないだけです。最初から一人で転ばずに歩ける人などいないでしょう?
そういう状況で、相手の視線が気になって普段通りのことさえできなくなってしまうこともありますね。
悩み、困惑している姿が痛いほどわかります。
そういう方に伝えたいのです。
まず目をあげて周りを眺めてみましょう。
視線を落とすのではなく、胸をはって深呼吸しましょう。
そして、逆説的ですが、相手に受け入れてもらおうとするのではなく、相手を受けとめてみましょう。
相手の心に耳を傾けてみましょう。
そして、あなたの本心に戻ってみることです。
「人を信じたい。」「大切にしたい。」
信頼を育んでいくのは、相手のことを真剣に受け止めることが最初の一歩なんですね。
自分のことを信じてもらうには、相手をまず信じること。
残念ながら、自分のことを認めてもらおうとすればするほど、失うものの方が大きい気がします。
私自身が励まされるのは、そんな中で一生懸命に誠実に生きようとしている方がたくさんいることです。
診察室のドアを開けて立ち去る後ろ姿に、「こちらこそ、ありがとうございます」と頭をさげています。
その姿に励ましてもらっているのは、むしろ私の方だからです。
夏目漱石の「草枕」の有名な冒頭部分を引用して紹介します。
山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。
意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引っ越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
「とかくに人の世は住みにくい。」のです。