今が通り過ぎていく前に

 

70年代のCMに使われていた曲です。

誰もが口ずさんでいたような、当時流行していた曲でした。

ケンとメリー「愛と風のように」。

「愛のスカイライン」と言った方が通じる方もあるかも知れませんね。

私は「今が通り過ぎていく前に」という歌詞が特に好きで、今でもふいに口に出てしまいます。

「あれ、今の、なんて曲だっけ」

そして、すぐに思い出して、ワンフレーズをリフレインします。

「今が通り過ぎていく前に」

なんて言うのでしょう。焦らせるのでもない、前のめりすぎるのでもない。

今が通り過ぎていく前に、できることがある。やりたいことがある。

私にとっての(おそらく私たち同世代にとっての)応援歌に近いのだと思います。

 

 

 

 

バックグラウンド・ミュージック

 

故障していた館内のBGM用のアンプの修理が済んでクリニックに戻ってきました。

いつもピアノのインストゥルメンタル曲を流していたのですが、故障してから、しばらく音楽なしで過ごしていて、やっと元のリズムを取り戻した感じです。

故障した時には「なければないで、いいのかな?誰も気づいていないみたいだし」と思ったのですが、そうはなりませんでした(笑)。

すぐに気づいたスタッフが、「なんか寂しいと思ったら、音楽がないじゃないですか!どうしたんですか?」と尋ねてきました。

音楽は空間に放たれるものですし、その場の雰囲気を和らげたり、楽しませてくれますね。

初対面の人との出会いも、音楽が流れている空間だとリラックスできる気がします。

今日から、アンプが復活してきましたので、またもとの空間を取り戻すことができます。

素直によかったです。

 

 

感謝

 

あやはしロードレース大会が終わって、少し一息ついているところです。

腰の痛みや臀部の筋肉の痛みはおさまってきましたが、やはり練習不足を痛感してしまった大会でした。

今回の大会では、気温があがりそうだという配慮があったからでしょうか。

いつもより「メディカルランナー」の人数も多い印象でした。

沿道からも「水分と塩分をこまめにとりましょう!」とか「無理をしないで!」という声かけも多かったですし、冷たい水やスポンジなども豊富でエイドも充実していました。

今年で19回ということですから、ノウハウも蓄積されてきているでしょうし、毎年の経験が生かされているのでしょうね。

本当にありがたいことですし、頭が下がる思いです。

私はハーフマラソンの方に参加したのですが、いつものように(沖縄らしく?)トリムマラソンではルールがうるさくなくて、みんな楽しそうに走っていました(笑)。

市民の皆さんの健康増進を目的としているのでしょうから、誰もがスポーツに参加できる雰囲気づくりも大事ですね。

また来年も是非参加したいです。

 

 

忘れた頃のダム貯水率

 

例年、梅雨前になると、必ずダム貯水率のチェックをしています。

 

今年はあまり私が大騒ぎしていないのは、前年とは違って少し余裕があるから。

 

 

時々、大雨に見舞われた印象が残るほど、今年は雨が降っていないという感じではありませんでした。

 

肌感覚通りのダム貯水率と言えますね。

 

これから梅雨に入って、平年並みの雨量が確保できれば、まず安心というところでしょうか。

 

とは言っても、節水はいつも必要です。ご協力をよろしくお願いいたします。(なにしろ透析医療は「水」が命ですから!)

 

 

「何も知らない」

 

日常の外来診療で、時々陥りがちになって後悔してしまうのは「その患者さんのことを知ったつもりになる」ことです。

(この人はこういう人だから、きっとそういうことに違いない)とか、診断についても(上気道症状が強いから、きっとウイルス性に違いない)とか。

常に自戒しているつもりなのですが、色分けしてしまったり、先入観で決めつけてしまうことで、本当のことを見えにくくしてしまうのです。

それだけならまだしも、間違った判断をしてしまいがちになります。

それに気づいた時は、次の文句を呪文のように繰り返し心の中で唱えています。

「私はあなたのことを何も知らない」

何も知らないから、聞かせていただく。

「なにも知らない」というのは、無責任でぞんざいなイメージがありますが、「私はあなたのことを何も知らないから、聞かせてほしい」という姿勢を貫くことは、話をする患者さんが自ら解決の道を発見することになる、それはよく経験することです。

ただし、それには時間がかかります。

物語を語られていくのを、拝聴する。

限られた時間の中で何ができるか、模索していく毎日と言えます。

 

 

 

5月のイベント

 

昨年の11月から、1か月に1回のペースで何かしらのランニングの大会に参加してきました。

 

11月は尚巴志ハーフマラソン、12月はNAHAマラソン、1月は海洋博トリムマラソン、2月にOKINAWAマラソン、3月にいとまん平和トリムマラソン。

 

そして、4月最初の日曜日に開催される「あやはしロードレース大会」で、シーズンの締めくくりとなります。

 

これからは本格的な夏になりますから、さすがに沖縄では私が参加できるような大会はないですし、夏場は趣味としてのランニングのシーズンとして位置付けていました。

 

それが、先日、走ろう会のメンバーから「こんなのあるんだけど、出ない?」とすすめられたイベントがありました。

 

時期は5月の中旬。メンバー5人で走る「EKIDEN」大会です。

 

第一走者、6Km、第二走者、3Km、第三走者、1.5Km、第四走者、3Km、第五走者、6Km。男女混成チームで走ります。

 

かくして、走ろう会にEKIDEN部が発足しました!(笑)。

 

今までずっと一人で走っていましたから、チームをつくって走るのも楽しみです。

 

 

記録のススメ

 

できないことの練習を楽しむには、できたときの喜びを知るに限ります。

コツコツ練習して、できないことが少しできるようになったとき、嬉しさがこみあげてきます。

嬉しいときは、自画自賛して「よくがんばったよな~」とねぎらってあげます。

ただし、その「少しできた」というのが、わかりにくい。

成長の変化がわずかだったり、遅かったりすると、自分でもずっと足踏みしているのだと錯覚してしまうものです。

だから、記録が大事です。

数字で記録できるものは、わかりやすいですね。

時間、距離、速さ、回数、強さ、重さなど…。

修練の度合いを記録するには、動画が便利です。

今はスマホなどで気楽に綺麗な動画が撮れますから、動画の記録もかなり身近な手段になってきました。

それから、気持ちの変化を記録するには?

これは、昔ながらの手法が一番ですね。そうです。日記です。

日記が面倒臭かったら、その日に浮かんだ言葉を記すだけでも良いですね。

私の場合、7分間のマインドフルネス瞑想のあと、浮かんできた言葉をノートに月日とともに記録しています。

つまり、雑念を記録したものですが、この「雑念記録帳」が結構おもしろいのです。

以前には動揺して仕方なかったことに対して、自分でも違った反応で返したこと。

記録していると、それがわかってきます。

ぜひおすすめしたいです。

 

 

「フロスト気質」

 

ジャンルとしては、いわゆる警察小説です。

 

表題にもある、イギリスのデントン警察署のジャック・フロスト警部が、このシリーズの主人公。

 

 フロスト気質 R・D・ウィングフィールド著、 芹澤 恵訳

 

以前からランキング企画もので上位を賑わす人気シリーズで、そのタイトルを目にしていたのですが、今回読むのは初めてでした。

 

メインの事件を忘れてしまうほどの、事件につぐ事件の連続です。

 

警察署が舞台で、次々と発生する事件に対応するしかないというのは、確かにリアルといえばリアルなんでしょうね。

 

ゴミに埋もれた少年の死体の遺棄事件。連続幼児刺傷犯の新たな犯罪。15歳の少女の誘拐事件…。そして、メインである身代金要求の少年誘拐事件。

 

これでもか、これでもかという風にフロスト警部に事件の数々が襲い掛かってくるのです。

 

フロスト警部は、寝食を忘れ、文字通り雨にずぶ濡れになり泥水にまみれながら、それこそ不眠不休で事件にあたります。

 

この「次から次」「さらに次から次」「まだまだ次から次」という状況は、個人的に救急病院勤務時代を思い出して、身につまされる思いでした。

 

休もうとすると、緊急の要件を告げる電話が鳴るのです。

 

下ネタのジョークを連発し、ヘビースモーカーで、直観型で忍耐力が取り柄の人情味あふれる警部です。

 

ジャック・フロスト警部の境遇と比べると、ちょっとやそっとのことで、泣き言をいうもんじゃないという気になってきました。

 

「ツイていない」状況の中で、彼は持ち前のキャラクターで、難関を耐え抜いていきます。

 

例えば、こんな言葉で。

 

「…だけど、今さらないものねだりをしてみたとこで叶うわけじゃなし、だったらありったけで踏ん張るしかないだろう?」

 

それから、こうも。

 

「…つまり、空振りということだった。だが、思わしくない結果が出たとき、それについて思い悩んでなんになる?次に打つべき手を考えればいいだけのことではないか。」

 

事件はつぎつぎ起こり、特にメインの事件は「くそがつくほどの」難事件なのですが、終盤には、それぞれの事件が見事に回収されていきます。

 

そして、メインの事件は、やっと「はずれ」の連続を脱し、クライマックスを迎えて勝利をおさめます。

 

スマートな推理小説ではありませんし、ダークなハードボイルドでもありませんが、フロスト警部の魅力全開の作品でした。

 

シリーズで出ていますから、別の作品も読んでみたいと思います。

 

 

シーサーの日

 

語呂合わせが好きな私には、とっておきの記念日でした。

昨日、4月3日。シーサーの日。

まさか、ここで「シーミーの日」なんて言わないです。

清明祭は5月頃ですし、語呂合わせとして良くても、かなり見当はずれですね。

そして、今日は4月4日で、シーサーつながりで獅子の日。

また、9日にはフォーク(49)の日があります。10日にはヨット(4・10)の日。

語呂合わせは、ダジャレと同様、おそらく意味はありませんが、嬉しくなってきます。

数字が途端に生き生きとしてくるようです。

 

 

よき観察者であること

 

実際に生活していくということは、知識も大事ですが、実践です。実践の連続です。

実践し経験を積んできた方々は、年月とともに歳を重ねていきます。

老いを迎え、体のあちこちが痛くなり、思い通りに体が動かなくなって、やはり少々うろたえてしまうのでしょう。

その患者さんは、少々気が弱くなってしまったのか、医者というだけで私のような若輩の者にアドバイスを求めてきました。

「先生、歳をとるって、こんなものでしょうか。」

私は頭を下げながら、体を真正面に向きなおしました。

「歳をとることに関しては、私よりもあなたの方が経験者です。私はみなさんのお話を聞かせてもらって勉強させていただいているものです。」

「歳をとるってことは、先生、とにかく大変なことですね。」

「みなさん、そう言います。けれども、今の世の中をつくってくれたあなた方のような先輩たちが、歳をとっても生き生きと生活しているだけで、私たちの励みになります。老いを迎えることの準備になります。」

そして「お友達はどう言っていますか?」とたずねました。

同年代の友人たちは、家でひとりでいると1日誰とも話さない、本当の閉じこもりになってしまうからと、連絡を取り合って毎日必ず外で会合の機会を設けているのだそうです。

「いやあ、面白いですね。さすが、ですね。」

「私たちはモノはなくてもアイディアで乗り越えてきた世代ですから」

その患者さんは、少し元気を取り戻してくれたようです。

人と人、人と社会がつながっていること。それを思い出したのでしょうね。

私の外来には、ほかに百寿者の方もいます。

自分の体のことに関して、よく観察していますし、研究熱心です。

自分の心身に対して、よき観察者であること。

実は、健やかな老いを迎えるにあたって、これが大切なキーワードではないかと思っているのです。