「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」

 

相田みつをさんの言葉です。

使っている言葉はシンプルですが、心深くにずっしりと響いてくるようです。

人間としてこう生きたい、そうありたいと私も願っているからでしょうか。

 

 

 「わけ合えば」

     相田みつを

 

うばい合えば足らぬ

わけ合えばあまる

うばい合えばあらそい

わけ合えばやすらぎ

 

うばい合えばにくしみ

わけ合えばよろこび

うばい合えば不満

わけ合えば感謝

 

うばい合えば戦争

わけ合えば平和

うばい合えば地獄

わけ合えば極楽

 

(c)相田みつを Mitsuo Aida

 

上の作品は相田みつを美術館のサイトから引用しています。

 

職場体験学習 in さくだ内科クリニック

 

1月25日、26日の2日間、首里中学校1年生の3人が職場体験学習のためにさくだ内科クリニックを訪れてくれました。

将来の夢は看護師になりたいという2人と、まだ夢が決まらないという1人の3人組でしたが、どの生徒も熱心に私達の仕事について見学をし、その中で自分達の疑問をぶつけてくれました。

「糖尿病って、治るんですか?」とか「どうしてこの荷物は透析室から離れたところにあるんですか?」など、ギクッとするような質問が飛び出してきました。

中でも、「すごいなあ」と感心したのが、腹膜透析について紹介している時の「腹膜って普段は何をしているんですか?」という質問です。

これは頭でっかちになってしまった私達には思いつかない質問だと思いました。

 

今日は最終日ということで、さくだ内科クリニックの職場体験の修了証を授与しました。

看護師になってここで働きたいと言ってくれた生徒さんもいて、(中学生ながらに社交辞令だったのかも知れませんが)とてもうれしく思いました。

 

若い人たちの夢みるエネルギーに触れるのも、元気をもらいますね。

 

 

インフルエンザ流行状況(2018年第3週)

 

2018年第3週(1月15日~21日)の沖縄県のインフルエンザ流行状況の報告がありました。(1月24日付け)

詳しくはこちら → 「インフルエンザ関連情報/沖縄県」

 

沖縄県全体の定点あたり患者報告数は64.70人で、警報発令中です。

下の保健所管内別の報告数の表をごらんください。前週まで警報基準値を超えていなかった北部、中部および宮古保健所管内も新たに警報基準値を上回り、県内全保健所で警報基準値を超えました。

 

グラフでも急激な増加がみられており、日常診療での肌感覚に一致した印象です。この1、2週間で急にインフルエンザの患者さんが増えてきました。

 

予防策は手洗いをきちんと行うこと。咳エチケットをすること。

単にこわがるのではなく、しつこいぐらいの予防策を実践してください。

 

ムーチーの日

 

今日は旧暦の12月8日。

沖縄では「ムーチーの日」として親しまれていますね。

 

昨日、夜中に実家の母に電話で呼び出されました。

「ムーチーを作ったから、取りにおいで。」

「え。今から? ムーチーは明日だよね?」

「そうだよ。だから、今日のうちに、さ。」

毎年、たくさんのムーチーを作ってくれる母の呼び出しです。行かないわけにはいきません。

 

娘と一緒に実家に行くと、たくさんのムーチーが並べてありました。

「こんなにたくさん!? ヤバい! ジワジワくる。」と娘は高校生らしい表現で笑いながら驚いていました。

クラスの友だちにもあげたいからとムーチーを袋につめながら、「おばあちゃん、ありがとう!」と盛り上がっていました。

 

ムーチービーサーで寒い北風が吹いていましたが、ほっこりと温かくなった1日でした。

 

 

思い通りにいかない人生

 

自分の思い通りにいかないことで、プンプン怒っている人がいます。

怒る理由はその人なりにあるのでしょうが、間違った信念に縛られていることが多い気がします。

つまり、次のようなこと。

◯ 自分の意にそぐわないことがあれば、当然腹をたてるべき

◯ 嫌なことが起こったら、態度や言動で表明すべき。我慢などもってのほか。

◯ 幸福な人生とは、うまくいってこそ。

 

健全な怒りは状況を変化させ、前向きになれます。

しかし、不健全な怒りはコントロールできない感情の渦の中にいるかのようです。

自分本位の感情に呑み込まれているだけで、どうしようもならないことに不平を並べてばかりいます。

人生とは必ずしも思い通りになるものではありません。

 

いつも朗らかでニコニコしている患者さんに「どうしていつもそんなに楽しそうなんですか?」とお訊きしたことがあります。

その方は一瞬「え?」というような表情をした後に、「それは、いろんなことを捨てているからですよ。」と教えてくれました。

私は、その答えがとても気に入って、すぐにこの方のファンになりました。

 

 

「してもらうのが当たり前」でないこと

 

 美しい人に 渡辺和子著

 

渡辺和子さんの『美しい人に』は、だいぶ前に発表されたエッセイ集ですが、今の私達が読んでもハッとする文章が散りばめられています。

例えば、次の文章。

 

 

「してもらうのが当たり前」という気持は人を醜くする。なぜならそこには「感動」がないからであり、不平しか残らないからである。

 

 

距離が近い親しい人に対して、特にそうなっていないかと自問してみた方が良いです。

私の場合は、特に家族に対して、「してもらうのが当たり前」と思っていたかも知れません。

「感動」とは「感謝する心」です。

「ありがたい。迎えに来てくれてありがとう。本当に助かった。」

そう感謝する心で受け止めれば、大切にしたい気持ももっと深まります。

一方で「してもらうのが当たり前」という気持で向かうと

「遅い!迎えに来てくれるはずじゃなかったのか!何をしているんだ!」

と不平ばかりが心を占拠してしまいます。

相手の都合を想像する余裕もなくなってしまうのです。

「してもらうのが当たり前」ではないことを、普段から気づくことが必要です。

 

憧れの出張ジョグ

友人たちの日常の様子をSNSで知ることができる時代です。

ライフワーク・バランスが良好な友人たちの多くは、趣味を楽しんでいたり、家族との時間を大切にしています。

私は素直に「いいなあ」とうらやましく思います。

その友人たちの活動の中で、私が今あこがれているものの一番は「出張ラン」、あるいは「旅ラン」です。

ずっと前、横浜の透析医学会の学術講演会の時に、夕食をともにしたH先生が「明日の朝は港沿いの道をジョギングするつもりだ」と言っていたのが印象的でした。

ランニング・シューズは荷物になるのだけれど、ちゃんと持ってきているのだと心なしか胸を張っているように見えました。

その当時は、「そういう楽しみ方もあるんだ」ぐらいにしか思っていませんでしたし、相槌を打つぐらいしかリアクションのしようがなかったのですが、おそらく今なら話が盛り上がりそうです。

SNS上でも、友人たちが見たこともない外国のロードマップの上にランニングの軌跡を描いているのを見ながら、「すごいなあ」と憧れています。

私の場合は、もちろんスロージョギングなので、「ラン」と呼ぶにはとてもおこがましいのですが、それでも少しずつジョギングの楽しさがわかるようになってきた気がします。

「運動習慣」と言うのは、きっと遅すぎるというのはありませんね。

2月には大阪に出張があるので、思い切って「出張ジョグ」を初トライしてみたいと思っているのです。

 

同世代

 

 

今年のセンター試験の地理Bの問題が物議をかもしているようですね。

それは、第5問の問4。

 

スウェーデンを舞台にしたアニメーション「ニルスの不思議な旅」を例題に、「ムーミン」と「小さなバイキング ビッケ」について、それぞれノルウェーとフィンランドの組み合わせについての問う問題でした。

 

問題の善し悪しはわかりませんが、この出題者はきっと私たち世代と同世代なのだろうなと嬉しくなりました。

「ニルスの不思議な旅」も「小さなバイキング ビッケ」も、もちろん「ムーミン」も、現役で観ていた世代です。

いわゆる1960年代。あるいは、昭和30~40年代。

なんとなく出題者の心情がわかる気がするのです。

「私たち世代ってこういうこと、真面目にやっちゃうんだよなあ」と我が身を重ねてしまいました。

 

 

 

第一歩

 

人に批判された時にどう対応するかで、その方の自尊心が健全であるかどうかがわかります。

自分のことを大切にしている人は、自分のたくさんある長所のひとつにすべく、短所に向かい合うことができます。

けれども、自分のことを好きでない人は、攻撃されたと取り乱します。

「お前だって人のことを言えるか!」と反論さえします。

あるいは「やっぱり自分はダメだ…」としぼむ人もいます。いつも自分のことを否定的に思っていて、自信がないからです。

 

結局は相手が自分をどうしようとしているかではなく、自分が自分をどうしているのかによります。

自分を親の心で包み込むことができる人は、周りに対しても余裕があります。優しく接することができます。

 

自分自身を優しく見守ることは、実は練習が要ることです。

ためしに目をつむって、ある程度の時間を何も考えないようにしてみてください。

これまで自分がやってきたこと、恥ずかしいこと、罪なこと、後悔していることなどが心の表面に浮かび上がってきて、じっとしていられなくなります。

そういう自分を優しく微笑んで抱擁してあげる。「大丈夫だよ」と声をかけて、そっと励ましてあげる。

 

自分を大切にする練習は、時間をみつけてはこまめにやってほしいことです。

自分を好きになる第一歩です。

 

 

忘れること

 

「他人に悪い感情を抱くことは、他人以上に自分を害する」という言葉があります。

 

本当にそうですね。

他人が自分にした酷い仕打ちに対して、『絶対、忘れない」「絶対、許さない」という負の念は「嫌い」を越えて、「恨み」「憎しみ」のエネルギーにまで高まってしまっています。

それを「憎悪の念」と言います。

そのエネルギーは、私達の心と体に悪い影響を及ぼします。

人生の主導権が相手の存在に握られているのも同然ですから、自分の人生なのに無力感にさいなまれることになります。

何より前向きにならず、被害者意識に取り憑かれて暗いイメージがつきまといます。

 

好きになれと言っているのではありません。

無理に友好的な態度をとる必要もありません。

あっさりと捨ててしまいましょう。忘れましょう。

 

何より自分自身を守るためです。自分自身を大切にするためです。