アメリカでは「患者もカルテを見る」時代に――電子カルテの言葉がもたらす影響

アメリカでは「患者もカルテを見る」時代に――電子カルテの言葉がもたらす影響

 

アメリカでは、患者が自分の診療記録を自由に閲覧できるシステムが広く導入されています。多くの医療機関では「患者ポータルサイト」と呼ばれるオンラインシステムを通じて、検査結果や診断内容、医師の所見などをリアルタイムで確認することが可能です。これは、医療の透明性を高め、患者が自身の健康管理に積極的に関与できるようにすることを目的とした仕組みです。

 

一方、日本では、電子カルテは主に医療従事者が扱うものであり、患者が直接アクセスできるケースは限られています。しかし、日本でも電子カルテの情報共有の仕組みが徐々に進んでおり、将来的には患者自身が診療記録を確認できるようになる可能性があります。

 

こうしたアメリカの「オープンな電子カルテ」の環境の中で、ある現象が広がっています。それは、患者が自分の診療記録を読み、その内容に驚いたり、戸惑ったりする様子をTikTokなどのSNSで共有するというものです。医療用語の中には、患者にとって思いがけず傷つく表現が含まれていることがあり、その言葉の影響が改めて浮き彫りになっています。

 

「私のカルテ、なんて書かれてるの?」——TikTokにあふれる驚きの声

電子カルテを読んだ患者が、その内容に衝撃を受けている様子を投稿するTikTok動画が話題を集めています。たとえば、ある男性は自身のカルテに「ハイリスクの同性愛行動」と記載されていたことに驚き、「なぜこんなことが?」と困惑した様子をシェアしました。

 

また、流産を繰り返した女性は、自分のカルテに「常習的流産者」と書かれているのを見て、「医学的な表現とは分かっているけれど、それでも心が痛む」とコメントしています。患者にとっては、自分の体験があまりに機械的で無機質な言葉で表現されることに、大きな違和感を覚えることがあるのです。

 

さらに、外見に関する記述にも違和感を持つ人は少なくありません。「肥満」と直接書かれる場合もあれば、遠回しに「恵まれた体格」と表現されることもありますが、いずれにしても患者は「そこまで書く必要ある?」と感じることがあるようです。

 

医療記録に潜む偏見——研究が示す問題点

TikTokでのこうした投稿は、単なる「面白い話題」にとどまりません。実際に、医療記録の言葉が患者にどのような影響を与えているのか、研究でも明らかになっています。

 

  • 10人に1人の患者が、自分の診療記録を読んで「批判されているように感じた」または「不快だった」と回答しています。
  • 慢性疾患を持つ非ヒスパニック系黒人患者のカルテには、白人患者と比べて2倍以上の頻度で「非協力的」「攻撃的」といった否定的な表現が含まれているという研究結果が出ています。
  • 40,000以上の医療記録を分析した結果、8.2%の患者に対して「non-adherent(非協力的)」「aggressive(攻撃的)」「non-compliant(指示に従わない)」といったネガティブな記述が見つかったという報告があります。

 

さらに、ある研究では、医学生がネガティブな表現を含む診療記録を読むと、その患者に対してより否定的な印象を持ち、治療方針にも影響を与えることが示されています。たとえば、痛みの管理に関する判断が慎重になり、本来必要な処置が後回しにされるケースもあるのです。

 

言葉を変えれば、医療の質も変わる?

では、医療記録の偏見を減らすにはどうすればよいのでしょうか?研究者たちは、いくつかの改善策を提案しています。

 

  • 患者の外見についての不要な記述を控える(服装や髪型など、診療に関係のない情報は省く)。
  • 「患者は拒否した」ではなく、「患者はこの理由で治療を選ばなかった」と記録する。
  • 「habitual aborter(常習的流産者)」ではなく、「recurrent pregnancy loss(再発性妊娠喪失)」という表現を使う。
  • 患者の言葉を信用する(「claims(主張する)」ではなく、「reports(報告する)」と記述する)。

 

さらに、医師と患者が一緒に診療記録を確認しながら書く「共同記録」の導入も、患者の理解を深め、信頼関係を築く方法のひとつとして注目されています。

 

医療の言葉に、もう少しの配慮を

電子カルテは、医療の透明性を高めるための大切なツールですが、その「言葉ひとつ」が患者にとって大きな意味を持つことがあります。

医療者にとっては「当たり前の専門用語」でも、患者にとっては「自分がどう扱われているかを示す言葉」。だからこそ、より慎重に、より思いやりのある表現を選ぶことが求められます。

 

TikTokに投稿された動画は、決して「医療を批判する」ものではありません。むしろ、「もっと患者に寄り添った医療を」という願いの表れです。医療者がその声に耳を傾けることで、患者がより安心して医療を受けられる環境が生まれるのかも知れません。

 

参考文献:

Toler I, Grubbs L. Listening to TikTok – Patient Voices, Bias, and the Medical Record. N Engl J Med. 2025;392(5):422-423. doi:10.1056/NEJMp2410601