腎臓内科医として日常診療をしていると、腎機能低下をきたすほどの脱水状態になっている患者さんに出会います。高齢者の方に多いのですが、他院で処方されたSGLT2阻害薬をそのまま継続されているケースが多いのです。SGLT2阻害薬は、糖尿病合併の有無にかかわらず慢性腎臓病(CKD)の進行抑制効果が期待される薬剤として注目を集めています。一方で、強力な利尿作用による脱水リスクも看過できません。とくに血管内脱水を起こしやすい高齢者や心不全患者では、急性腎障害(AKI)の発症につながる可能性があります。
SGLT2阻害薬は、近位尿細管に存在するナトリウム-グルコース共輸送体(SGLT2)を阻害し、糖を尿中へ排泄することで血糖値を下げます。血圧を下げたり、糸球体の過剰濾過を抑えたりする作用が報告されており、2021年以降にCKD全般への適応が拡大されました。たとえばDAPA-CKD試験では、推定糸球体ろ過量(eGFR)が25〜75 mL/min/1.73m^2の患者を対象に、大規模解析で腎代替療法(人工透析や移植)導入のリスク低下が示唆されています。
しかし、高齢のCKD患者さんが脱水をきたす要因には、食事量や水分摂取量の低下、フレイルによる体液調節能力の低下などが関与します。利尿薬を併用しているケースでは、水分バランスをさらに崩しやすいと考えられています。SGLT2阻害薬を使用中に著しい脱水症状(口渇、倦怠感、めまいなど)がみられる場合は、一時的に休薬や減量を検討し、経口あるいは点滴で適切な水分を補給することが重要です。投与初期にeGFRが一時的に5 mL/min/1.73m^2前後低下する「イニシャルディップ」が生じる場合もありますが、多くの大規模試験では長期的な腎予後へ悪影響は少ないとされます。とはいえ、あまりに急激な腎機能低下があれば、休薬や専門医へのコンサルトが推奨されます。
SGLT2阻害薬の利点を活かすためには、患者ごとにeGFRや電解質異常、既存の薬歴を評価し、適切なタイミングで処方することが必要です。脱水状態が続けば腎機能が一層悪化し、腎代替療法の導入を早める可能性があります。生活指導や水分バランスの管理も欠かせません。日本腎臓学会のガイドラインでは、eGFRが15 mL/min/1.73m^2未満の新規投与は推奨されていませんが、すでに服用している場合は副作用に注意しつつ継続を検討するとされています。
高齢の患者さんほど、ちょっとした体調変化が腎機能の大きな変動につながります。SGLT2阻害薬は、脱水リスクと腎保護効果の両方を持ち合わせた薬剤です。リスクとベネフィットを常に見極めながら、適切な水分補給やこまめな腎機能モニタリングを組み合わせ、安心して治療を続けられるよう配慮することが大切です。医療者と患者さんが連携し、必要に応じて薬の調整や生活面の指導を行うことで、CKDの進行を抑え、生活の質を守る一助となると考えられます。
