人間の脳は、左右でそれぞれ得意なことが違う、という「左右差」が知られています。ことばを話したり理解したりする機能は、主に左脳が担っていると言われており、なぜ左側が言語機能において重要な役割を担うのか、長年研究の対象となってきました。
2024年にNeuroImage誌に掲載されたRollらの研究では、脳の表面積や厚みを詳しく測定し、これらの左右差が言語機能とどのように結びつくかを調べています。
この研究では、22~35歳の成人1113名を対象に、MRI画像を用いて脳の構造を分析し、音読テスト(Oral Reading Recognition Test)の成績と比較しました。
方法
Rollらは、年齢や性別などの影響を取り除くために、統計的な処理を行ったうえで、左右の脳それぞれ34カ所の「皮質領域」について、表面積と厚みを測定しました。
脳の左右差を示す指標として、「左右化指数(laterality index)」を用いました。これは、(左-右)/(左+右) という計算式で表され、各領域がどちらにどれくらい偏っているかを数値化しています。
さらに、音読テストの点数と、これら脳領域の構造的な特徴に相関があるかを調べました。
結果
全体的には、左脳の皮質はわずかに薄く、表面積が広い傾向が見られました。神経線維が集まる白質と、神経細胞の多い灰白質の割合を比較すると、左脳の方が右脳より平均0.7%ほど高かったのです。さらに、表面積が広くなるほど皮質が薄くなるという関係が見られ、左脳は全体的に「広くて薄い構造」をしていることがわかりました。
特に音を分析する「Heschl’s gyrus(ヘッシル回)」は、左側が右側より平均35.4±32.7%表面積が大きく、脳の表面のしわの程度を示す「折りたたみ(folding index)」も左で65.5±57.9%高いというデータでした。一方、意味を司るとされる「側頭極(temporal pole)」は、左が右より約6.3±8.2%薄く、逆に右の方が厚みをもつという興味深い左右差を示しました。
さらに、音読テストで良い成績を示した人ほど、左のHeschl’s gyrusの皮質厚がわずかに厚い傾向が見られました(推定値8.625、p=0.0211)。意味に深く関わる左側頭極の表面積が大きい(=左右差が大きい)人ほど、発音スコアが高いという結果も得られています(推定値14.709、p=0.0205)。
考察
これらの結果から、言語処理において重要な「音」と「意味」の処理を担う領域が、左脳で特に発達していることが示唆されました。
Heschl’s gyrusは、耳から入ってきた情報を素早く処理し、音や文法を理解するために重要な役割を担っていると考えられています。
そして側頭極は、視覚や感覚情報も絡めながら“概念”を統合し、単語の意味を統括する拠点のようです。
左脳の皮質が広くて薄いという構造は、神経繊維が密に連絡し合うことで、情報を高速に処理できるネットワークを形成し、言語処理に必要な「すばやく正確な分類」を可能にしていると考えられています。
この研究は音読という複合的な課題を用いたため、脳の「音」「意味」両面の機能が反映されやすかった点も注目に値します。より細かく音声知覚や文法処理に着目する研究が進むことで、脳の左右差がもたらす言語能力の全体像がさらに解明されると期待されています。
結論
左脳の聴覚野であるHeschl’s gyrusと、意味処理を担う側頭極は、どちらも“広くて薄い”皮質構造をしており、これが言語機能と深く関わっていることがわかりました。
言語を処理するためには、情報を高速に処理し、正確に区別することが重要です。そのため、進化の過程で左脳が言語処理に特化して発達してきた可能性が考えられます。
こうした知見は、将来的に言語障害の改善や学習プログラムの開発にも役立つ可能性があります。研究者たちは、脳の左右差をさらに詳細に調べることで、人のコミュニケーション能力がどのように支えられているのかを明らかにしようとしています。
参考文献:
Roll M. Heschl’s gyrus and the temporal pole: The cortical lateralization of language. Neuroimage. 2024;303:120930. doi:10.1016/j.neuroimage.2024.120930
