年の瀬が押し迫る時期になりました。外来でも次回の予約日が1月や2月になり、そのたびに「もう来年ですか。早いですねえ」と患者さんと顔を見合わせて、時の流れの速さを感じています。
“年齢を重ねると1年があっという間に感じる”——この現象は、「ジャネーの法則」として知られています。この法則は、19世紀のフランスの哲学者ポール・ジャネーによって提唱され、時間の主観的な長さが年齢に反比例することを説明しています。例えば、10歳の子供にとっての1年は人生の10分の1ですが、50歳の大人にとっての1年は人生の50分の1に相当するため、年齢を重ねるほど時間が速く感じられるというわけです。
しかし、英国とイラクで行われた研究では、この一般的なイメージとは異なる結果が得られました。高齢者が必ずしも“1年が速く過ぎる”と感じるわけではないというのです。この現象について、時間感覚のゆがみを科学的に解き明かした研究を基に、その原因や背景を探ってみましょう。
研究の概要
この研究では、英国のクリスマスとイラクのラマダンという2つの異なる文化的イベントを対象に、参加者の時間感覚を調査しました。具体的には、アンケート調査を通して、参加者に“クリスマス(またはラマダン)が毎年早くやってくると感じるか?”という質問を中心に、イベントへの楽しみ、記憶機能(将来の予定や過去の出来事を覚える力)、日常生活での時間への注意、全体的な生活の質(健康や心理的な満足度)といった項目について回答を求めました。
調査対象
- 英国: 18–80歳の789人
- イラク: 18–80歳の621人
英国では76%、イラクでは70%の参加者が“イベントが年々早くやってくる”と感じていました。この感覚に関連する要因として、特に注目されたのは、年齢でした。
年齢と時間感覚の意外な関係
イラクのケース
イラクでは、若い世代(20~30代)が“ラマダンが早くやってくる”と感じる傾向が強い一方、高齢者ほどその感覚が薄れるという結果が得られました。これは、ジャネーの法則が示唆する「高齢者ほど時間が速く過ぎる」という認識とは対照的です。
英国のケース
英国では、年齢が“クリスマスが早くやってくる”と感じることに統計的な影響を与えないことが示されました。つまり、若年層と高齢層の間で時間感覚に大きな差は見られなかったのです。
なぜ高齢者は時間が速く感じないのか?
- 時間的プレッシャーの違い 若い世代は、仕事や家事、育児などのスケジュールに追われることが多く、イベント準備に対する時間的プレッシャーを強く感じます。一方、高齢者は比較的自由な時間が多く、余裕を持ってイベントを迎えることができるため、時間が速く過ぎる感覚が薄い可能性があります。
- 記憶と時間感覚 時間感覚には、記憶が大きく関与しています。過去の出来事を豊富に記憶しているほど、時間が長く感じられる傾向があります。高齢者は、これまでの人生経験に基づく豊かな記憶を持っているため、1年の出来事が濃密に感じられます。そのため、結果として時間が速く感じにくいのかもしれません。
- 心理的な視点の違い 若い世代は未来志向で、まだ達成していない目標やタスクに集中することが多いです。この“やるべきこと”が多い状況では、時間が“足りない”と感じやすくなります。一方、高齢者は過去を振り返ることが多く、心理的な焦りが少ないため、時間がゆっくりと感じられる可能性があります。
時間感覚のゆがみに影響を与えるその他の要因
この研究では、年齢以外にも以下の要因が時間感覚に影響を与えることが分かりました。
- イベントの楽しさ:イベントを楽しみにしている人ほど、時間が速く過ぎるように感じやすいです。
- 時間への注意:日常的に時間を意識している人ほど、イベントが早くやってくると感じる傾向がありました。
- 記憶エラー:将来の予定や過去の出来事を忘れる頻度が高い人ほど、時間が速く感じることが分かりました。
結論: 時間感覚は単なる主観ではない
ジャネーの法則は、時間感覚における年齢の影響を説明する有力な仮説です。しかし、この研究は、それが普遍的に当てはまるわけではないことを示しています。時間感覚は年齢だけでなく、心理的要因や社会的環境、生活習慣など、多くの要因に影響される複雑な現象です。
年末やイベントが“あっという間に来た”と感じたとき、自分の時間の使い方や感じ方を見直すきっかけになるかもしれません。今年の暮れは、少しだけゆったりとした気持ちで時間の流れを味わってみてはいかがでしょうか。
参考文献:
Ogden R, Alatrany SSJ, Flaiyah AM, et al. Distortions to the passage of time for annual events: Exploring why Christmas and Ramadan feel like they come around more quickly each year. PLoS One. 2024;19(7):e0304660. Published 2024 Jul 10. doi:10.1371/journal.pone.0304660