このブログで「古代エジプト」の話題を扱う機会はあまりないのですが、手当たり次第に読み漁っていると、たまに興味を引きつける文献にぶち当たります。
とにかく「古代エジプトの謎」は、常に研究者たちの興味を引きつけているのですね。
特に、儀式で使われた神秘的な道具には、その文化的背景を理解するうえで大きな魅力があります。
最近、プトレマイオス朝時代のエジプトで使用された「ベス・ヴェース」と呼ばれる陶器の壺に関する研究が注目を集めているそうです。
最新の科学的手法を駆使することで、この壺にどのような成分が含まれていたか、その謎に深く迫った研究が報告されたのでした。
ベス・ヴェースの背景と分析
この「ベス・ヴェース」は、エジプトの守護神であるベス神の頭部を模した陶器で、紀元前2世紀のプトレマイオス朝時代に儀式で使用されたと考えられています。
ベス神とは、Wikipediaによると「その姿は、植物の冠、豹の毛皮(ベス)を身に着け、大頭で短躯、ガニ股で立って舌を出した大口の異様な様子で表される。手には、護符、ナイフ、楽器、子供をあやす道具あるいは、子供を抱いている場合もあった。(略)ナイフを振り回すか、自ら楽器を鳴らしながら踊り、邪気を払う。酒宴や婚礼をも司り、出産・病気から女性や子供を守るという。また魔除けとして装飾に使われた。」とあります。
Wikipediaに、ベス神の像の画像が載っていましたので転載しますね。
このベス神を模した壺は、タンパ美術館に所蔵されており、その用途や中身については長らく謎に包まれていました。
今回の研究では、壺の内部に残された有機物の痕跡を解析するために、最新の分析技術が用いられたのでした。
具体的には、プロテオミクス(タンパク質解析)、メタボロミクス(代謝産物の解析)、遺伝子解析、シンクロトロン放射を利用したフーリエ変換赤外マイクロスペクトロスコピー(SR µ-FTIR)など、多岐にわたる技術です。
壺に含まれていた成分
研究の結果、ベス・ヴェースには以下の成分が含まれていることが明らかになりました:
– シリアン・ルー(Peganum harmala):この植物の種にはハルマリンやハルミンというアルカロイドが含まれており、幻覚作用を引き起こすことが知られています。古代エジプトでは、この成分が儀式で夢見のような状態を誘発するために使用されていたと考えられています。
– ブルーウォーターリリー(Nymphaea caerulea):エジプトの象徴的な花で、遺物にも多く描かれています。この花には鎮静効果や精神的な高揚感をもたらす成分が含まれており、古代エジプト人はその薬効を知っていたとされています。
– Cleome属の植物:この植物も儀式に使用され、その中には出産を促進する効果を持つ成分が含まれていました。これにより、儀式において再生や繁栄を象徴する役割を果たしていた可能性があります。
– 発酵した果実の液体:壺の中からは発酵した果実の液体の痕跡が発見されました。この液体には蜂蜜やローヤルゼリーも含まれていたことが示唆されており、儀式において参加者に甘味を提供し、エネルギーや精神的な高揚感を与えていた可能性があります。
– 人間の体液:さらに、人間の体液(母乳、粘液、血液)の痕跡も確認されました。これらの体液は、儀式において象徴的な意味を持っていたと考えられ、参加者の間で共有されることで、神聖なつながりを強化する目的があったのかもしれません。
古代エジプト儀式における新たな知見
今回の発見は、古代エジプトの宗教儀式における植物、特に向精神性物質を持つ植物の役割について、新たな光を当てています。
ベス・ヴェースに残された残留物は、当時の人々がどのようにして自然界から得た資源を用いて精神的な体験や高揚感を追求していたかを示しています。
これらの発見は、古代エジプトの儀式が極めて複雑で、さまざまな自然資源を活用していたことを示しています。
特に、精神作用をもたらす植物や人間の体液が儀式に使用されていたことから、当時の人々が神秘的な体験を求め、精神的な高揚を得るために多くの工夫を凝らしていたことが分かります。
もしかすると、出産を促進する効果を持つ成分も抽出されていることから、安産を願う儀式に使用されていたのかも知れませんね。
参考文献:
Tanasi, D., van Oppen de Ruiter, B.F., Florian, F. et al. Multianalytical investigation reveals psychotropic substances in a ptolemaic Egyptian vase. Sci Rep 14, 27891 (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-78721-8