アルツハイマー病(AD)という言葉を聞いて、すぐに思い浮かぶのは記憶の喪失や認知機能の低下ですね。
この病気は多くの人に知られていますが、その原因や発生メカニズムについては依然として不明な点が多いのが現状です。
いくつかの仮説に基づいて病態が解釈され、それに応じた治療薬の開発や予防策が進められていますが、まだ道半ばと言えるでしょう。
けれども、少しずつ研究が進み、この病気をより深く理解するための手がかりが増えています。
その中には、脳内の細胞がどのように変化するかを詳細に追跡する研究も含まれています。
今回は、そのような研究から得られた「アルツハイマー病の細胞地図」についてご紹介します。
今回の研究では、84名の提供者から採取した脳組織を使い、細胞レベルでの変化を追跡しました。
平均年齢は88歳で、参加者は33名が男性、51名が女性です。
研究者たちは、単一核RNAシークエンス(snRNA-seq)などの最新技術を駆使し、脳の中間側頭回(MTG)という部位を解析しました。
この部位は言語や記憶に深く関わる重要な領域です。
結果として、340万個以上の核を解析し、アルツハイマー病の進行に伴い細胞がどのような影響を受けるのかを明らかにしました。
その結果、アルツハイマー病の進行には大きく二つの段階が存在することがわかりました。
– 早期病期では、炎症性ミクログリア(免疫細胞の一種)や反応性星状細胞(脳内のサポート細胞)が増加し、特にソマトスタチンを持つ抑制性ニューロンが減少することが観察されました。また、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPCs)が神経の絶縁体である髄鞘を再生しようとする活動も見られました。
– 後期病期に進むと、病理的な変化が急激に進行し、興奮性ニューロンやPvalb+およびVip+と呼ばれる特定の抑制性ニューロンが大幅に減少することが確認されました。
これらの発見から、アルツハイマー病は単に脳の一部が損傷を受けるのではなく、細胞ごとに異なる反応を示す複雑なプロセスであることがわかります。
例えば、炎症性ミクログリアは「消防士」のように炎症を抑えようと奮闘しますが、一方で興奮性ニューロンは病気の進行とともに数を減らしてしまいます。
このように脳内の細胞がどのように影響を受けているかを詳細に理解することが、新たな治療法の開発につながる可能性があります。
その疾患に対する理解を深めることは、この病気と向き合うための第一歩となります。
今回の研究で作成された細胞地図が、まだ多くの謎が残るアルツハイマー病に対して、新たな光を当てるものと期待したいです。
参考文献:
Gabitto MI, Travaglini KJ, Rachleff VM, Kaplan ES, Long B, Ariza J, Ding Y, Mahoney JT, Dee N, Goldy J, Melief EJ, Brouner K, Campos J, Carr AJ, Casper T, Chakrabarty R, Clark M, Compos J, Cool J, Valera Cuevas NJ, Dalley R, Darvas M, Ding SL, Dolbeare T, Mac Donald CL, Egdorf T, Esposito L, Ferrer R, Gala R, Gary A, Gloe J, Guilford N, Guzman J, Ho W, Jarksy T, Johansen N, Kalmbach BE, Keene LM, Khawand S, Kilgore M, Kirkland A, Kunst M, Lee BR, Malone J, Maltzer Z, Martin N, McCue R, McMillen D, Meyerdierks E, Meyers KP, Mollenkopf T, Montine M, Nolan AL, Nyhus J, Olsen PA, Pacleb M, Pham T, Pom CA, Postupna N, Ruiz A, Schantz AM, Sorensen SA, Staats B, Sullivan M, Sunkin SM, Thompson C, Tieu M, Ting J, Torkelson A, Tran T, Wang MQ, Waters J, Wilson AM, Haynor D, Gatto N, Jayadev S, Mufti S, Ng L, Mukherjee S, Crane PK, Latimer CS, Levi BP, Smith K, Close JL, Miller JA, Hodge RD, Larson EB, Grabowski TJ, Hawrylycz M, Keene CD, Lein ES. Integrated multimodal cell atlas of Alzheimer’s disease. Res Sq [Preprint]. 2023 May 23:rs.3.rs-2921860. doi: 10.21203/rs.3.rs-2921860/v1. PMID: 37292694; PMCID: PMC10246227.
