催眠で握力を強くすることができるか?

催眠で握力を強くすることができるか?

 

催眠術というと、多くの人にはエンターテインメントのイメージが強く根付いているかもしれません。

特に私の世代では、初代引田天功がテレビで「サン・ニー・イチ!」と指を鳴らし、対象者を意のままに動かしていたシーンが強烈な印象を残しました。

そのため、どうしても催眠術はショーの一環として見られがちで、科学的な研究とは無縁に思えるかもしれません。

 

しかし、催眠には実際に身体に影響を及ぼす力があるようです。

今回取り上げるのは、催眠と握力の関係を科学的に調査した研究です。

この研究では、心の働きがどのようにして体の力に影響を及ぼすのかを探り、そのメカニズムを解明しようとしています。

 

具体的には、「催眠を通じて強さを感じる暗示を与えた場合、参加者の握力にどのような変化が生じるのか」を調べました。

この実験には、催眠を受けるグループと、対照としてアーノルド・シュワルツェネッガーの自伝を読むグループの2つのグループが参加しました。

各グループにはそれぞれ24名の参加者がおり、まず初日にベースラインとして全員の握力を測定しました。

その後、催眠や読書のセッションを実施しました。

 

催眠を受けたグループでは、参加者に「自分が強くなる」という感覚を与える催眠を行い、その感覚を「後催眠アンカー」として心に刻むよう誘導しました。

そして1週間後、再びそのアンカーを活性化することで再度強さを感じられるかどうかを試しました。

その結果、催眠を受けた参加者たちは、催眠直後に主観的に「強くなった」と感じる割合が顕著に増加しました(p < 0.001)。

さらに、1週間後に再び「強くなる」感覚を呼び起こした際、実際の握力が平均で2.9kg増加したことが確認されました(p < 0.001)。

 

対照グループでは、アーノルド・シュワルツェネッガーの自伝を読んだ後に握力を測定しました。

読書によっても同じような効果が得られるのではないかという仮説からです。

しかし、逆に握力が1.6kg減少する結果でした(p = 0.041)。

残念ながら、読書によっては力を強くする効果が得られなかったようです。

実際、催眠を受けた参加者たちは「催眠後、登山の際に自信が持てた」「まるでヒーローのような気分だった」といったポジティブな感想を多く寄せています。

 

この研究が示しているのは、「心の持ちよう」が身体に及ぼす影響の大きさです。

催眠は単なるリラクゼーションの手段にとどまらず、実際に身体能力の向上を促す可能性があることを示しています。

特に、リハビリが必要な患者さんやスポーツ選手にとって、非侵襲的で費用もかからない方法として大きな期待が寄せられるでしょう。

 

この研究結果を通じて、普段見過ごしがちな「心の力」がどれほど強いのか、改めて考えさせられてしまいました。

 

参考文献:

Nieft, U., Schlütz, M. & Schmidt, B. Increasing handgrip strength via post-hypnotic suggestions with lasting effects. Sci Rep 14, 23344 (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-73117-0