高齢ドライバーが交通事故に巻き込まれた際、その後の薬の使用がどのように変わるのか。
事故という出来事は、薬の使用パターンに影響を与えるのではないかと思われるかもしれませんが、実際にはどのような変化があるのでしょう。
この疑問に答えるため、ある研究が行われ、その結果は少し意外なものとなりました。
アメリカ・ニュージャージー州で2007年から2017年の間に警察が報告した高齢ドライバーによる交通事故を対象に、合計154,096件の事故を分析しました。
対象となったドライバーの人数は12万人以上で、平均年齢は75.2歳でした。
事故の前後120日間にわたる薬の使用状況を詳しく調査したところ、いくつかの興味深い傾向が浮かび上がってきました。
まず注目すべき点は、事故の前に「運転に影響を及ぼす可能性のある薬」(PDI薬)を使用していた高齢ドライバーの割合が80%であったのに対し、事故後もその割合はほぼ変わらず81%に達していたことです。
このことは、事故が薬の使用に対する直接的な見直しのきっかけにはなっていないことを示しています。
PDI薬とは、運転能力に影響を及ぼす可能性がある薬のことで、具体的にはベンゾジアゼピン系薬(不安や不眠の治療に使われる)、非ベンゾジアゼピン催眠薬、オピオイド鎮痛薬(強い痛みの治療に使われる)などが含まれます。
これらの薬は、反応時間の遅れや注意力の低下、眠気などの副作用を引き起こし、運転に必要な集中力や判断力を損なう可能性があるため、運転時のリスクを高めるとされています。
具体的な薬の使用状況を見てみると、ベンゾジアゼピン系の薬を使用していた割合は事故前が8.1%、事故後には8.8%と若干の増加を見せました。
同様に、オピオイド鎮痛薬も事故前の15.4%から事故後には17.5%に増加しています。
一方で、事故後にこれらの薬を中止した割合は、ベンゾジアゼピンで1.4%、オピオイドで6.3%にとどまりました。
この結果は、「事故にあったから薬の使用を減らそう」という行動がほとんど見られないことを示しており、少し驚かされます。
むしろ、多くの人が事故後にさらに薬を増やしている状況が見て取れます。
これは、おそらく事故による痛みや不安を和らげるための処方ですが、逆にそれが運転に与えるリスクを増大させる可能性も考えられます。
この研究の示すところでは、医師と患者の間で薬のリスクについて十分に話し合われておらず、結果的に運転に悪影響を及ぼす薬の使用が継続されている可能性があると考えられます。
この結果から学べる教訓は、医師が交通事故後に薬の処方を見直すことが非常に重要であるという点です。
運転に影響を及ぼす可能性のある薬を使い続けることで、再び事故に遭うリスクが高まる可能性が十分にあります。
高齢者が安全に運転を続けられるようにするためには、薬の使用についてより慎重に考え、必要に応じて医師と患者が話し合い、処方内容を見直すことが不可欠となります。
参考文献:
Zullo AR, Riester MR, D’Amico AM, et al. Medication Changes Among Older Drivers Involved in Motor Vehicle Crashes. JAMA Netw Open. 2024;7(10):e2438338. doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.38338
