「汝自身を知れ」という言葉は、古代ギリシアの時代、デルフォイのアポロン神殿の入口に刻まれた格言として知られています。
ソクラテスの座右の銘であり、「無知の知」や「内観の知」を導くものです。
哲学者だけでなく「自分」を知るというのは、自分を客体化できるということですから、ある程度の認知能力が必要となるはずです。
人間ほどではないにしても、犬や猫、チンパンジーなどが鏡に映った自分の姿に興味を示す動画がSNSにありますから、少なくとも彼らは鏡のなかの「自分」を認識し、それに対してリアクションしているのですね。
さて、魚にも「自分」を知る力があるとしたら、どうでしょう?
魚?う~ん。ピンときませんが、小さな魚が集まって全体で巨大な生物のようにみせかける「幻影効果」の例もありますから、意外に侮れないかも知れません。
最新の研究で、ミナミハコフグ(Labroides dimidiatus)が鏡を使って自己認識をし、自分の体の大きさを正確に把握していることが明らかになりました。
この発見は、これまで「魚は単純な生き物だ」という固定観念を覆すものとなります。
研究チームは、15匹のミナミハコフグを対象に、彼らがどのように自分の大きさを理解するのかを調べました。
まず、魚たちに自分より10%大きい魚と、10%小さい魚の写真を見せ、その反応を観察しました。
さらに、8匹の魚には鏡を使って一週間、自分の姿を観察させ、残りの7匹は鏡なしで同じ実験を行いました。
驚きの結果でした。
鏡を使った魚は、自分より大きい写真に対して攻撃的な行動をとらず、小さい写真にだけ攻撃的になりました。
対照的に、鏡を使わなかった魚たちは、すべての写真に対して攻撃的でした。
この違いは、鏡を通じて自己認識を得た魚が、自分の体の大きさを正確に理解し、それを基に行動を変える能力を持っていることを示しています。
さらに興味深いのは、鏡を使った魚が、大きい写真を見るたびに鏡に戻り、自分の姿を確認しているかのように泳ぎ回ったことです。
この行動は、魚が自分の精神的なイメージを持ち、そのイメージを基に相手の大きさと比較している可能性を示しています。
つまり、彼らは単に鏡像を「自分」と認識するだけでなく、その情報を使って現実の状況に応じた行動を取っているのです。
この発見は、自己認識能力が限られた動物にのみ存在するとする従来の考え方を揺るがすものです。
チンパンジーやイルカなどの知能が高いとされる動物だけでなく、魚もまた自分を知り、環境に応じて自分の行動を調整する能力を持っている可能性があります。
私にとっては、意外な結果でしたが、もしかしたら魚をペットとして飼育している人には、魚の認知能力の高さは知られていたことなのかも知れませんね。
参考文献:
Kobayashi, T., Kohda, M., Awata, S. et al. Cleaner fish with mirror self-recognition capacity precisely realize their body size based on their mental image. *Scientific Reports*, 14, 20202 (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-70138-7